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if~trick and treat ~
Amaro3%Dolce97%
10月も終わりに差し掛かったある日の事。
「これ、どうしたの?」
大きな紫苑色の瞳をぱちくりとさせてアリーシャが不思議そうな顔を向ける。理由はリビングテーブルの上に置かれた大量のお菓子を目にしたからだ。
「買った」
アリーシャに視線を向けられた相手、八雲は何故か気まずそうにそれだけ答える。
その言葉にアリーシャはまた不思議そうな顔をする。
「八雲って甘いの好きだっけ?」
アリーシャは記憶を辿るが八雲が積極的に甘い物を食べる姿は見たことがない、おやつの時もコーヒーで済ませてしまう事が多い。
「いや、そこまでは」
困ったような顔をされてアリーシャも困り顔をしてしまう。
もう一度お菓子の山をじっと見る。
お菓子は黒やオレンジ、紫色に飾られていて目を引く。どれももうすぐ来るハロウィン限定のパッケージだ。
「誰かにあげるとか?」
ハロウィン当日には子供たちがお菓子を貰いに家々を回る、というのは買い物に出たときに小耳に挟んだがここまで貰いに来るだろうか。
何しろ町から少し離れている上ちょっと前まで幽霊が出ると噂されていた屋敷だ。
思案を巡らせるアリーシャの前で八雲も悩んでいた。何しろあげたい相手は目の前にいるからだ。
(参ったな…)
甘い物に縁の無い生活を送ってきた為かアリーシャはお菓子を食べると凄く幸せそうな顔をする。
頬を赤くしてニコニコ笑う姿が見たくて大量に購入したのだが渡すタイミングを逃してしまい右往左往する事態になってしまったのだ。
どうすればこんな時に自然に渡せるのか、社交的でない自分に苛立ちを覚える。
アリーシャは堅実というか、少し四角四面な所がある、普通に渡しても「何でもないのにこんなに貰えない」と言われてしまうだろう。
恋人なのだから何でも無くてもプレゼントしたいと思うのは普通だと思うのだが。
「だ…大丈夫?」
頭を抱えてソファーに座る八雲を見てアリーシャも困り果ててしまう。
心配そうに八雲の隣に座るアリーシャを見て八雲は奥歯を噛み締める。こんな顔をみる為に買った訳ではない。
「……やる」
結局上手い言葉など見つけることが出来ずお菓子の山をアリーシャの方へ押し付けてしまう。
「え?どうして?」
当然ながらアリーシャは目を丸くして混乱してしまう。
「必要だから買ったんでしょ?」
その必要な相手がアリーシャなんだ、そんな簡単な言葉さえ上手く出てこない。
このままでは投げやりであげたと思われてしまう。
「アリーシャに…」
言葉を選んで詰まってしまう。想像したくもないが、こういう時レオンなら自然に渡せてアリーシャを笑顔にさせただろう。
思わず考えてしまい、ムッとしてしまう。前から思うのだがアリーシャはレオンに甘い、いつもイタズラされて泣かされているのに警戒心がまるでない。
この前もチェスの賭けに負けて酷い目に合わされていた。
(ん?)
そこまで考えると八雲に一筋の光が見えた。上手くいけば自然に渡せるかもしれない。
「……………アリーシャに賭けで勝ちたくて」
「賭け?」
アリーシャが小首を傾げる。
「ゲームで勝ったら相手から菓子を取れる」
「えー、と。お金の代わりにお菓子を賭けて勝負するってこと?」
不器用な八雲の説明をアリーシャが補完してくれる。頷くと少しアリーシャは考えた後にっこりと笑う。
「面白そう……」
この返事に八雲は少し驚く「賭け事なんてダメ」と窘められるかと思ったからだ。
意外とこういう遊びが好きなのだろうか。
「何で勝負する?」
「トランプ取ってくる」
チェスは今一つルールが分からない。そもそもチェスが得意なアリーシャに挑むこと事態愚行だ、いくら全部あげる予定とはいえ目に見える負け戦はしない方が良いだろう。
「えへへ。八雲と遊べて嬉しい」
小さくそう洩らしたアリーシャの言葉を八雲は聞き逃さなかった。どうやらお菓子が手に入る事よりもこうして自分にかまって貰えることの方が嬉しいようだ。
背中で罪悪感を感じながら八雲は絶対に全部渡そうと心に決めた。
「あ、どうしよう」
トランプを切っていた八雲を前にアリーシャが声をあける。
「僕賭けにするお菓子持ってない」
真剣に困った顔をするアリーシャを前に八雲は笑いだしそうになる、遊びとは言えアリーシャは真剣だ、そういう真面目な所も可愛らしいのだがこのままではクッキーを作り出すと言いかねない。
「貸しにしとく」
駄洒落ではないが菓子の山から一盛りアリーシャに渡す。お菓子はアリーシャの両手に溢れるほどだったが山は崩れる気配がない。
「ありがとう。よっし!」
配られた手札を広げてアリーシャが気合いを入れる。
目をキラキラさせる恋人を見て八雲も幸せな気分になる、どうにかお菓子を渡せる下準備は整ったようだ。
「……………みゅん」
カードを広げてアリーシャが鳴く。最初の勢いは何処へやら、眉を下げて肩をガックリと落としてしまっている。
カードゲームをしたまでは良かったのだが内容がいけなかった。賭けの定番ポーカーをしてしまったのだ。
なんと言うか、アリーシャは運がとことん悪い。加えて駆け引きも得意な方ではない。
そうなると結果は目に見えて明らかだ。堅実に賭けていたアリーシャだが手持ちはみる間に減っていった。
八雲がその事に気づいたのとアリーシャのお菓子が無くなるのはほぼ同時だった。
(なんで…………)
あげる筈のお菓子はまだ八雲の手元に残っているのか。
八雲自信手加減する器用さを持ち合わせていない。アリーシャも何度か勝ってはいたが文が悪すぎた。
これでは勝負した意味が無い。再び頭を抱えそうになったが先程とはアリーシャの様子が違う事に気付いた。
物憂げにチラチラをお菓子の山を見ているのだ。
逃した魚は大きく感じる、おやつの時間になって空腹も加わったのだろう。逃したお菓子を前にアリーシャ事態が針に食いついてしまったことに本人はまだ気付いていないようだ。
「気になるか?」
わざと挑発するような言い方をするとアリーシャは恥ずかしそうに首を振る。どうやら予想は的中したようだ、駆け引きも苦手だがアリーシャは嘘を吐くのも不得意だ。
「だって、もうお菓子ないし…」
わたわたと慌てるアリーシャを見ると可愛らしくてレオンでなくてもからかいたくなる。
「他にもあるだろう?俺から菓子奪う方法が」
思わず楽しそうな声を出してしまう。先程のことが嘘のようにこう言う言葉はするすると出てしまう。
そんな八雲の声を聞いてアリーシャの身体がビクリと跳ねる。
「奪うって?」
困って八雲の方を見るが楽しげな表情を浮かべるだけで何も答えてくれない。
「むー…」
八雲の言った意味を汲み取ろうと空腹の回った頭で考える。
「八雲、トリック・オア・トリート?」
どうしていいか分からなくて疑問系になってしまう。こういう台詞はもっと小さい子が言うものではないかと恥ずかしくなってしまい頬が熱くなる。
けれど八雲は凄く楽しそうだ、普段表情を崩さないからこんな顔をするのは珍しい。
「してみろよ?イタズラ」
どうにか出した答えなのに逆に挑発されてしまいアリーシャは益々困ってしまう。
面と向かってイタズラしろと言われても普段そんなことしたことなんてない。
(えー、と)
イタズラとは、どうすればいいのか。きっとビックリすることをすれば成功なのだろう。
でも八雲が驚くことって何だろうか。
(くすぐったり?)
少し考えてみるが八雲がくすぐったくて笑い出す姿がどうにも想像できない。
「……えいっ」
考えあぐねて八雲に思い切り抱きつく。八雲やレオンに突然抱きつかれると本当にビックリする、だからもしかしてと思ったのだ。
恐る恐る八雲の方を見上げると相変わらず楽しそうにしている。
「それで終わりか?」
抱きついているだけでもいっぱいいっぱいなのにそれ以上を求められてしまいアリーシャは益々困ってしまう。
抱きついているから顔が凄く近い。
(…………これ以上って)
目眩を起こしそうな程はずかしいのに吸い寄せられるように唇が頬に触れてしまう。
「ほら」
唇が離れると楽しそうな八雲の声と共に一口サイズのチョコがアリーシャの口に放り込まれる。
まさかこれが正解とは。
恐る恐る頬にキスする度にチョコを口に運ばれる。チョコは色々なフレーバーがあって美味しいのだけれど恥ずかしさで身体はずっと震えてしまっている。
「わっ」
身体に力が思うように入らなくて八雲の腿に置いていた手がずれてしまい唇が八雲の肩口に当たってしまう。
「フッ」
思わず洩れた八雲の声はこれ以上無いくらい楽しそうで小首を傾げるアリーシャの手に飴を滑り込ませてくる。
(もしかして………)
これは、キスする場所によって貰えるお菓子が違うと言うことなのだろうか。チラリとお菓子の山に目をやる。お菓子は沢山種類があって数えきれそうもない。
(でも他にする場所なんて)
ベッドの上で八雲やレオンが自分の身体を余すところなくキスしていたのを思い出して顔から火が出そうになる。
(でも……)
ここで止めてしまうのも何か違う気がした。
逃げ出したくなる位恥ずかしいのに気付けば手や服越しの胸元に唇を落としていた。
「はぅ………」
思わず出たため息は吐息の様に熱くて慌てて口元を押さえる。
気付けばアリーシャの膝にはクリスマスまでおやつに困らなそうな位お菓子が山になっている。
「うぅ………」
言い換えればそれだけキスをしてしまったと言うことだ。
恥ずかしくて気を失いそうになる。
「満足か?」
小さく頷くと八雲に強い力でソファーに押し倒される。山になっていたお菓子がこぼれて散らばる。拾おうと手を伸ばすと顎を指で掴まれ唇が重なる。アリーシャが恥ずかしくて最後までしなかったキスだ。
「なら最初に担保した分の菓子、返して貰うぜ」
八雲は最後まで続けなかったがその目は「身体でな」と確実に言っている。
「待って!お菓子ならあるから……」
慌ててお菓子をかき集めようとする手を掴まれてしまい身動きが取れない。
「利子ついてるぜ?」
(この短時間で!?)
とんでもない高利貸しだ。手足をぱたぱたと動かして暴れるがもう八雲の腕からは逃れる事ができない。
「散々煽ったんだ覚悟しとけ」
耳元で低くそう囁かれて身体が強ばる。確かにキスはいっぱいした、でも素直に身体を預けることなんて出来ない。
熱を帯びた視線は一回で終わらない事を教えている。
「ひぅん!」
首筋を噛まれて艶声を上げてしまう。
怯えた目で八雲を見上げると宥められるように頭を撫でられた。
「好きだろ?菓子もイタズラも」
お菓子は好きだけどイタズラは全然すきじゃない。そう訴えたかったのに乱暴に身体を揉まれて甘い声しか出てこなくなってしまう。
「お菓子をくれる人に着いていっちゃダメですよ」目眩を起こしながらアリーシャは小さい頃に言われた言葉を思い出していた。
「…………みぅ」
散々イタズラをされて力尽きたアリーシャがもう一度鳴く。
一体どれだけ利子が付いていたか思い出すだけで恐ろしい。
「食わないのか?」
散らばったお菓子を広いながら八雲が尋ねる。こちらは憎らしいほど元気だ。
「………」
アリーシャがゆっくりと首を振る、お腹は空いているけれど身体がだるくて食べられそうにない。
「そうか」
ぐったりとしたアリーシャを自分の膝に乗せるとお菓子をその上に重ねていく。シャツ一枚しか羽織っていないので白い腿の上にカラフルなお菓子が積まれてなんとも情欲を掻き立てる。
そんな八雲の思惑など知らないアリーシャは積まれたお菓子をぼんやりと眺める。
お菓子は凄く美味しくていくらでも食べてしまいたくなる。けれど。
「皆で食べたいな」
八雲を見上げてアリーシャが澄んだ目て呟いた。
きっと一人占めするより美味しい。皆でお茶をする光景を思い描いてアリーシャは目を細める。
「………ん」
少しだけ八雲が苦そうな顔をする。
折角アリーシャの為に買ったのだが、どうやらまだこの子の心は一人占めできないようだ。
「ん?」
八雲の心など気付かずにアリーシャが小さく首を傾げる。
「安上がりだなアリーシャは」
無意識に翻弄されているのが少し悔しくてそう言ってしまう。
実際お菓子はどれもハロウィン使用とはいえコンビニやスーパーで買えるものばかりだ。
「そうなのかな?」
不思議そうな顔をするアリーシャは疲れはてたのだろう、眠たそうだ。
もう一度したかったが仕方がない、諦めてアリーシャを自分の胸に閉じ込める。
背中を優しく叩いているとほどなくして小さな寝息が聞こえてきた。
「まだ時間は、あるか」
ハロウィンまでまだ数日ある。本番までにまた用意しておこう、今度こそアリーシャの心を奪える位のイタズラとお菓子を。
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