12 / 23

大人デートは危険な香り

秋の日は短い。過ぎ去りし夏を惜しむ間もなく空はオレンジから濃紺に変わり来る冬を感じさせるような一陣の風がふく。 星が瞬く長い夜を人は時に物悲しく感じる。 「んん、美味しい!」 とは言え出汁茶漬けに舌鼓を打つアリーシャはそんな事を微塵も感じていなかった。 「そう?良かった」 調理したレオンが笑いながらアリーシャを眺める。 「でも凄いね、レオンて」 「なにが?」 感心したように呟くアリーシャに首を傾げる。 「だって前は和食苦手だって言ってたのに」 それにしては出汁の塩梅から具材の火加減、おみおつけのチョイスまで完璧なのだ。 「これくらい誰でも出来るって」 苦笑いを浮かべてレオンがお代わりを盛ってくれる。 「それにアリーシャだって小さいのにいっぱい料理できるじゃん」 褒めたつもりだったのだが尊敬の眼差しで見ていたアリーシャが一瞬、眉を寄せる。 「ああ、ごめんごめん。大人、だよね」 別段慌てることもなくレオンが謝る。八雲もレオンも首を傾げるのだが、どうにもアリーシャは可愛いだの小さいだの子供だのの言葉を嫌がる。とは言え恋人の欲目抜きに小さくて可愛いのだからそれを言わないのはどうにも難しい。 「もう13歳だもん」 そうツンと答えるアリーシャはやっぱり可愛かった。 「そっか………じゃあ……」 口角を数ミリ上げたレオンが何かを言った気がした。 「なに?」 けれどアリーシャが尋ねてもレオンはゆるりと首を降ってそれ以上はなにも言わなかった。 いぶかしみながらも3杯目のお代わりをする頃にはそれもすっかり消えてしまっていた。 レオンが作ってくれた糖蜜タルトも沢山食べてすっかりご機嫌なアリーシャは自室でパジャマの用意をしていた。 後はお風呂に入って寝るだけなのだが不意にドアがノックされる。 出てみるとレオンが優しげな笑みを浮かべて立っている。 「どうしたの?」 「アリーシャ、これからデートしない?」 突然の申し出にアリーシャはきょとんとしてしまう。夜もすっかりふけたのにレオンの言い方はまるでこれから1日が始まるようだ。 「夜のデート!したこと無いでしょ?」 「で……でも……」 門限は決められていないがこんな遅い時間に外に出るのはどうなのだろうか。 迷っているとレオンがアリーシャの手を掴んだ。 「だって、アリーシャはもう大人でしょ?それとも暗いの怖い?」 「怖いわけないよ!」 ムッとして手を振り払う。 「大人だもん。良いよ、行こう!外」 子供扱いされるのが嫌でレオンを置いてすたすたすたと廊下を歩く。 とは言え夜のデートがどんな物か、夜景をみるくらいしか分からない。そう言えばわりと遠いが工業地帯が夜はライトアップされていてとても綺麗だと雑誌で読んだことがあった、そこだったら良いなとちょっと思っていたがどうなのだろう。 「じゃあ行こっか。大人なデートへ」 いつの間にか追い付いたレオンがアリーシャの手を引く、その姿はとても楽しそうだった。 月夜の林を抜けて繁華街を通り過ぎると大きなビルが立ち並ぶオフィス街に出る。 時間も時間なので殆どが暗い建物の間をすり抜けてレオンは一つのビルに入る。 このビルも暗かったが構わずにエレベーターに乗ると上へ向かう。 いったい大人のデートとはどんな物か。考えても知識量が乏しくて想像が及ばない。 (あ、バーとか?) お洒落なバーで夜景を見ながら呪文のようなカクテルを飲む。確かに大人っぽい。 (でも僕お酒飲めないのに) 年齢云々に関係なくアリーシャはアルコールに弱い。ちょっと飲んだだけでも酩酊して体に力が入らなくなってしまうのだ。 それはレオンも承知している筈なのだが。 高いベル音と共にエレベーターが開くと転びそうになるほど薄暗いフロアに出る。 手前には無機質な壁に一抱えもある花瓶が飾られていた。赤黒いカーペットが敷かれた廊下を進むと小さなカウンターが見えた。そこにはまるでホテルのボーイの様な衣装を着た男性が無愛想に立っていた。 レオンは迷うことなくカウンターに歩いて行くとボーイがペンを渡す。インクが紙を走る音がして何を書いているのか覗きこもうとするがカウンターがやけに高くて思うように見えない。 「では、こちらをどうぞ」 低い声でボーイがレオンに何かを渡すとカウンター奥の重いカーテンを開ける。 てっきり古めかしい木の扉でも出てくるのかと思ったがそこにはオフィスビルらしいアルミのドアがたたずんでいた。 中に入るとやはりどこかのオフィスビルの様なロッカーが並んだ更衣室だった。 廊下と同じように薄暗い更衣室はアリーシャとレオン以外誰もおらずシンとしている。 「アリーシャ!!」 突然レオンが後ろから抱きついてくる。 「わっ!?」 驚いて転びそうになるのをなんとか踏ん張る。その隙を狙ってレオンがズボンの中に手を入れてくる。 「何してんだ!」 「暗いのが怖くて興奮しちゃった」 「脈絡が分からん!」 アリーシャのツッコミ空しくレオンは後の蕾に指を当てる。 「ね、一回慰めてくれたら落ち着くんだけど」 指がまた入り口に触れる、今度はぬるりとした液体を纏わせている。 口調に反して指は周りを揉んだり遊ぶように少しだけ侵入してきたりと緩慢な動きを見せる。 まるで何かを企んでいるようで用心ならないがだからと言ってこのままでは本当に押し倒されてしまう。 「いい加減にっ……しろ!」 レオンの顎に思い切り頭突きをする。 「痛って!!」 「変な事するなら帰るよ」 頬を赤くして怒るアリーシャに悪びれることもなくレオンは顎を押さえる。 「嘘です。ごめんなさい。着替えあげるから帰らないで」 どこから取り出したのか分からない着替えを渋々着る。 真っ白な絹のシャツに黒いズボンはレオンと全くお揃いのようだ。 (サイズが全然違うけど) 頬を膨らませてレオンをまじまじと見る。細身の身体から伸びたすらりとした手足。整った鼻梁と深い赤の瞳、サラサラと音を立てそうな長い髪からは甘い匂いが漂う。 時々どうしてこんな相手が自分を好きでいてくれるのか分からなくて不安になる。 そんなアリーシャの気持ちを知らないレオンは楽しそうにシャツのボタンを外して胸をはだけさせる。そんなだらしない格好でさえ似合ってしまう。 「はい、これ」 目を逸らして唇を噛んでいるとレオンが青い仮面を渡す。 おとぎ話の舞踏会に出てくるような目だけを隠すタイプの仮面はレースで出来た花の飾りが付いている。 「絶対に外しちゃダメだよ?」 不思議そうに仮面を回して見ているアリーシャにレオンが意味深な言葉をかける。 レオンもまた青い仮面を既に着けていた、こちらは飾りのないシンプルな物だ。 意味が分からなくてレオンを見るが指を自分の唇に当てて笑うだけで何も答えてはくれなかった。 仮面を着けて髪を整えるとレオンが手を引いて奥のドアまでエスコートする。一体今日は何回扉をくぐればいいのか。 ため息を吐きながらドアを開けて天鵞絨で出来た重いカーテンを開ける。 遠くで聞こえるのはワルツだろうか、壁や床に電気で灯る蝋燭が幾つもあり広そうな室内を照らしている。とは言え光源はそれしか無いので床に敷かれた毛足の長い絨毯が真っ赤だと言うことも目を凝らしてどうにか分かるくらいだ。 甘いお香の匂いに混じってどこかで嗅いだことのある臭いがする、なぜだかその香りに不安と不快を覚える。 人の話し声や気配はするが何もかもが朧気で思うように捉えられない。 後ろを振り返るがレオンの姿は見えない。 一体何を企んでいるのやら。 (あ、もしかして………) ここは所謂『社交場』と呼ばれる場所ではないだろうか。 財政会の著名人やセレブ、時には国を動かす政界の重鎮が集い親睦を深めたり有益な情報を交換したりする。 噂には聞いて居たが実在するとは、それなら秘匿性が高いのも納得いく。レオンはここで仕事に必要な情報を仕入れているのだろう。そしてそれをアリーシャにも出きるか試しているのではないだろうか。 (ふふ、甘くみないで欲しいな) 話術やコミュニケーションスキル、果ては礼儀作法や知識量も必要になるとは言えアリーシャだってもう研究所の一室に閉じ込められているのではない。 友達だって出来たし一般知識だって身につけた、商店街で小粋な会話だってできる。きっとレオンも驚くような情報を仕入れられる。 (見ててね) 勇んで踏み出した足に何かが触れる。 「あっ…………」 驚いて声を上げるが次の言葉が出てこなくなった。 アリーシャの足元には赤色の仮面を着けた若い女性が赤ちゃんがはいはいするように四つん這いでこちらを見つめていた。 けれどアリーシャが言葉を失う程驚いたのはそこではない。女性は何も着ていなかったのだ。 蝋燭で照らされた玉のような肌を露にして女性は微笑みながら頭をアリーシャの足に刷り寄せる。 「えっ………えっ…………!?」 思考が追い付かなくて硬直したアリーシャの体に今度はお尻の横を女性がポンポンと押し付ける。 「アリーシャ?」 聞きなれた声にアリーシャは振り向く。レオン不思議そうにこちらを見ている、手に持っているのはカクテルだろうか。いや、それよりも。 「ひぇっ………えぅっ………」 ここは一体どこなのだろう。彼女は何者なのか、どう扱えばいいのか疑問は数えきれないほど沸いたが混乱しているせいで言葉が出てこず口をパクパクさせることしか出来ない。 「やあ、これは。私のペットが失礼したね」 暗闇の奥から青い仮面を着けた初老の男性が優しげな声で現れる。 ツイードのジャケットに柔らかな物腰は紳士と呼ぶのに相応しかったかがこんな状況でも平然としているせいか胡散臭さがそれを上回った。 レオンは無言で会釈するとアリーシャを自分の元に引き寄せる。 「さ、おいで」 不躾な態度を気にするでもなく紳士が呼ぶと女性は嬉しそうにお尻をふりながら四足で歩いていく。 やがて紳士の足元まで行くと抱き上げられる。まるで本当に大きな猫みたいだ。 「よしよし、遊び相手はあっちにもいるよ」 口をあんぐりと開けたままのアリーシャを無視して二人は歩いていってしまった。 固まったままでいると徐々に目が暗闇に慣れてくる。 けれどもそれは見なければ良かったと後悔する光景だった。 沢山の男性に囲まれた女性が妖艶な笑みを浮かべる。男達は下半身を露にして雄々しい物を我先にと女性の顔に押し付ける。女性は両手と口で男達を絶頂へと導くと赤い仮面も、それ以上に鮮やかなドレスも白く汚れていく。 アリーシャと変わらない赤い仮面の年頃の少女は張り子のおもちゃを秘部に入れ夢見るような声で歌う。 どこを見ても、どこに視線を逃しても淫靡な目合い(まぐあ)から逃れられず倒れてしまいそうになる。 (これって) 混乱する頭の中で一つだけ思い出したことがあった。先ほどから漂っているのはアリーシャも嗅いだことのある愛液と精液が混じった臭いだった。 けれど今さら思い出した所で遅い、逃げ出すことも出来ないほど硬直した体で目を閉じる。 「アリーシャ?」 レオンが不思議そうな声でアリーシャの手を握る。 恐る恐る目を開けるといつものレオンがそこにいた。 「何か飲む?」 仮面を着けてシャツとズボンの装いのレオンは普段通りに見える。だからこそ違和感を覚えた。この異質な空間に雑なコラージュのようにそこだけ切って張り付けたみたいに日常のレオンがいるのだ。 「食べるものも少しはあるみたいだけどー」 大きく首を振るアリーシャにレオンは困った様子で話す。どうしてこんな光景を前に普通で居られるのか、もう子供だと思われてもいい一刻も早く帰りたかった。いっそレオンが「具合悪そうだね?かえろうか?」と言ってくれたらどんなに楽だろう。 「じゃあー」 けれどもレオンはアリーシャの腰に手を回すと手を掴む。 「1曲踊る?」 「なんで!?」 慌てて逃げ出そうとするが回された腕は思いの外力強くてびくともしない。 「緊張してるみたいだし、体動かしたらほぐれるよ?」 そう言って洗練された動きでアリーシャを部屋の中央に三拍子のリズムで誘う。 (あう………出口が遠ざかる) 仮面で分からないからいっそ大泣きしてしまいたくなる。 そんなアリーシャとは対称的にレオンは楽しそうにリズムを刻む。 練習をしたことがあるからアリーシャもワルツくらいは踊れる、けれども今は目の端に映る痴戯を見ないことに意識を持っていかれレオンの足を蹴ってしまったり後ろにひっくり返りそうになったりと散々だ。おまけに躍りの合間にレオンが「かわいいよ」とか「綺麗」なんていってからかうから立ったまま気を失うんじゃないかと思うほど頭から湯気が出てしまう。 レオンに視線を向けてもクスクスと笑うばかりだ。 「大丈夫。みんな自分に夢中で誰も見てないよ」 確かに視線は感じないがそれで落ち着く筈もなく足を捻りそうになってレオンの胸に飛び込んでしまう。どこかに埋まる穴はないものか。 レオンの腕が躍りを止めてアリーシャを優しく抱き締める。 「次はなにする?」 温かい息を首に吹き掛けられて身震いする。次も何もさっさと帰りたいのだが、レオンは離してくれない。 「アリーシャが躍りのながらお洋服を1枚ずつ脱いでいったら楽しいと思うんだけどな」 「下着含めて3枚しかないわ!」 ぺちぺちと叩いてツッコむも今一つ迫力がない。 「え?パンツ履いてるの!?」 「どこに驚いてんだ」 話が噛み合わなくて力が抜ける。 一体人をどんな変態だと思っているのか。 「どれどれ?」 こめかみを押さえてる間にレオンがズボンを素早く下ろしてしまう。 「なっ!?」 「ホントだ」 感心したようにレオンが呟く。 慌てて屈むよりも早くレオンが鼻先をアリーシャの股間に刷り寄せる。 「レオン!?」 「ごめんね、もっと可愛い服を着せてあげれば良かったね」 それと下着がどう結び付くのか。 お前の物差しで常識を計るなと言いたい。たとえビスクドールの様な服を着せられてもパンツは死守していただろう。 「お詫びにいっぱい気持ち良くなろうね」 言うが早くレオンは下着の上から吸い付く。 「やっ!!」 反射的に身を捩って避けると脱いだズボンが絡まって転けてしまう。 「みう」 柔らかい絨毯のお陰で怪我は無かったがそれどころでは無い。今度は立ち上がる時間も無く下着を剥がされてしまう。 耳朶(じだ)を嘗めながらレオンがのし掛かってくる。 「やだっ………助けて」 柔らかいお尻の間にレオンの固いモノが侵入する。 どんなに身体を固くして拒んでも先程更衣室でされた前戯のせいで秘部が柔らかく疼く。 これの為だったのかと後悔したがこんな正答率8パーセント位の難問、誰が分かると言うのだろうか。 「誰か…………」 まさに後悔先に立たず。今のアリーシャは下ごしらえされた美味しいお肉でしかない。 それでも止めて欲しくて細い手を痛くなるまで伸ばす。それなのに人の気配はすれどアリーシャに手を差し伸べる者は誰もいなかった。 「今日は奥、いっぱいグリグリしてあげるね」 小指の先ほど繋がった状態で体制を変えるとレオンはアリーシャを膝に乗せる。 「あぁぁーーっっ!!」 一気に刺し貫かれる快楽に悲鳴が上がる。 宣言通りレオンが腰を回してアリーシャの体内を貪る。 「あ………んん………うっん………」 けれど一番感じる場所は避けるような動きにアリーシャの体も反応してしまう。 もどかしそうに手足を閉じたり開いたりする。まるであやされて喜ぶ子供みたいだ。 「アリーシャ」 だらしなく垂れてしまいそうになる唾液を飲み込むとレオンが囁く。 「みんなアリーシャが可愛いから集まって来たよ」 涙に濡れた目を開けるとレオンの言葉通りいつの間にか多くの人が痴戯を止めてこちらを見ている。 「えっ………あ………やーーっっっ」 頭が割れそうな程の衝撃を受けて目を再び瞑るとかえって視線をクリアに感じてしまう。 誰もが仮面の奥の好機な瞳を2人に向けて興奮している。 「や………やだ…………見ないで」 蜜を溢し始めた場所を両手で隠すとレオンが腰を大きく上下に打ち付ける。甘い痺れが疼く手で今度は深く口付けし合っている秘部を隠す。 もうどこを隠せば良いのか、この身体を支配しているのは快楽なのか羞恥なのか何もかもが分からない。 「見ないで………お……願……」 懇願は甘いおねだりに変わり愛くるしくも妖艶な腰の動きを見せつける。 レオンも性急な動きへと身体を動かす。 ああ、果ててしまうのだと思った。こんな場所で、そう思った瞬間レオンがアリーシャの太股を持ち上げた。 今まで足を閉じて辛うじて隠していた全てが露になる。 「いっ……………やぁぁぁ!!」 声をあらげても、もうどうすることも出来ない。今のアリーシャは少し押されただけでも果ててしまう。 レオンに首筋を噛まれるとそれだけで十分だった。 「ひ…………あ……あぁぁぁーー」 身体の中に熱い迸(ほとばし)りを感じながらアリーシャは白濁の液を勢いよく飛ばす。 辺りに拍手が巻き起こる。 レオンの腕の中で身体を戦慄(わなな)かせながらアリーシャはそれが自分達に向けられたものだと気付くのにはだいぶ時間がかかった。 「……………」 怒りで言葉が出てこないのは一体いつぶりだろう。 淫靡な狂宴に巻き込まれて快楽の蕀からようやく解放されレオンをしこたま殴ってもふつふつとした怒りは収まらない。 「ごめんごめん」 謝るレオンはまるで堪えてない、暗いせいで巧く殴れないせいもあったが飄々としている。 癪なのでもう一度足に蹴りを入れる。 「帰るよ!」 散々動いたお陰で口も体も滑らかになった。ずっと思っていたことを口にしてそっぽを向く。 「はいはい。手続きしてくるから着替えて待ってて」 これ以上引き留めると骨が数本無くなると踏んだレオンはあっさり引き下がると暗闇へと姿を消した。 (なにが大人デートだ) 少しでも期待した自分が馬鹿だった。思い出すと怒りがまたこみ上げてくる。 とは言えこれでやっと帰れる。 「ねえキミ!」 ドアに手を掛けようとした瞬間、後ろから声をかけられる。 振り向くとお揃いの赤い仮面を着けた少年が2人立っていた。 年はアリーシャより少し上に見える。お揃いのベストと蝶ネクタイをして飲み物が乗った銀のトレーを手にウェイターの真似事でもしてるみたいだ。 髪型も骨格も背格好も同じに見える所双子なのだろうか。 「何か飲まない?」 笑いながら仮面の双子が近付いてきてトレーを差し出す。 「あ、僕お酒は……」 慌てて断る。トレーに乗せられたグラスはどれもカラフルで綺麗だがこんなところで酩酊する訳にはいかない。 「じゃあジュースだね。はい」 右側の少年が赤いグラスを渡す。乾燥した室内にいたせいで酷く喉が乾いた。ありがたく受け取ると一気に喉に流し込む。 「キミさっきの凄くかわいかったよ」 「んぐっ」 左側の少年の言葉にジュースを喉に詰まらせそうになる。この子達も聴衆の1人だったとは。 「い…………言わないでー」 情けない声が出てしまう。 「どうして?」 「だって…………それは………あれ?」 急に体が熱くなってくる。朧気な景色が更に歪んで双子が四つ子に見えた。 意識をはっきりさせようと目をぎゅっと閉じると今度は平行感覚が無くなり足元がふらふらする。 崩れ落ちそうになったアリーシャを双子が両脇で支える。 「わー、お酒に弱いんだね」 「えへへ、こっちもお酒でしたー」 悪戯が成功した子供みたいに双子が笑う。 (お酒………) 油断した。喉が乾いていたせいで沢山飲んでしまった。 「お酒いっぱい飲ませる必要無かったね」 「クスリも必要なさそうだな」 ゆっくりと双子がアリーシャを床に寝かせて頭を撫でる。 「なんで………」 訳が分からない。アリーシャを酔わせて何が楽しいのだろうか。 「キミかわいかったからボクたちも食べてみたくなっちゃった」 恐ろしいことをさらりと双子が言う。言葉通りアリーシャの服を脱がすと裸にさせてしまう。 シャツを使って後ろ手に縛ると双子が満足そうに笑う。 「まあ、これだけ、酔ってたら逃げないだろうけどこの方が勃つしね」 「かわいい。はやくやろ!」 素早く双子の1人がアリーシャの下に潜り込むとズボンのチャックを下ろす。 「ずるい、兄さんばっかいつも先で」 残された1人がむくれる。 「んー、じゃあ一緒に入れる?」 酔って赤くなっていたアリーシャの頬が一気に青ざめる。 「だ…………ダメぇ………無理……無理だから」 「大丈夫だって。あのお兄さんのあんなおっきなの入れてるんだから入る入る」 まるで無邪気におもちゃを壊す子供のように双子が笑う。 「やったぁ!はやくやろ」 残されていた1人がアリーシャの上にのしかかる。 「重い重い」 双子のじゃれ合いの間から必死で逃げ出そうとする。 けれどその気持ちはこの部屋を飾る蝋燭のように直ぐに消えてしまった。 この空間の人間は助けを求めた所で誰も手を差し伸べてくれない。きっとこれも見せ物の一つとして昇華してしまうのだろう。 (諦めるのは馴れてる………) 目を閉じて心を殺して、希望なんて無いと思えば全てが水のように流れていく。抵抗するだけ心も体も痛くなるだけだ。 「じゃ、入れるね」 諦めて身体の力を抜いた。 「ぎゃっ」 「痛っ」 乾いた音と悲鳴が聞こえた瞬間体がふわりと浮いた。 別に痛みや快感で昇天した訳ではない。現実に居ると言う証拠に覚えのある香水の香りがした。 「レオン?」 顔を上げると優しい瞳がこちらを向いていた。 「まったく。悪戯ディー・ダム困ったもんだ」 珍しく渋い顔でレオンが双子を見る。2人とも頭を押さえてる辺りレオンに1発ずつ殴られたらしい。 「いたたた……」 「ボクらそんな名前じゃないもーん」 口を尖らせて不平を述べる双子、まるで懲りてない所は小さいレオンみたいだ。 「青い仮面はお相手とだけ。忘れたとは言わせないよ?」 レオンが何時もの笑みで話す。けれどその奥には怒りの炎が揺らめいているのをアリーシャは見逃さなかった。 それにしても仮面の色にそんな意味があったとは。 「とにかくこの事は支配人に話して置くから」 「ええー」 双子が声を揃えて不満を爆発させる。 「嫌なら大人しくガラガラの取り合いをしてるんだね。ディー・ダム」 それだけ言うとレオンはアリーシャを抱えて双子に背を向けてしまう。 「遊びたかっただけなのに」 「ねー」 まだぶつぶつと言っている双子を無視してレオンが歩き出すとアリーシャは改めて体の力を抜いた。 ドアを開けると薄暗い部屋が現れる。革張りのソファーにガラスのテーブル。ホームシアターやワインセラーが置かれ、こちらは薄ピンクのルームライトが室内を照らしていた。 VIPルーム的な何かだろうか。てっきり帰るかと思っていたのに。 「そのままじゃ歩けないからね」 アリーシャをソファーに座らせてレオンも隣に座る。 もっともな話しだ。この部屋で酔いを覚ましてからと言うことだろう。 「はい」 レオンが缶入りのお茶を渡してくれたのでまた一気に飲み干してしまう。 今度は本当にお茶だったので安堵とため息が一緒に口からでる。 早く帰りたいのに体はまだふわふわしたままだ。それどころか眠くなって来てしまう。 それを察したレオンがそっとアリーシャの頭を引くと自分の膝に寝かせる。 お互い仮面を着けているのでまるでおとぎ話の貴族のようだ。 (でもレオンが誘わなければこんなことにならなかったし) 一瞬白馬の貴公子に思えたが、目の前の相手が諸悪の根元だと思い出すと怒りが再び沸いてきた。 「レオンのバカ……………」 もう体に力は入らないけど残る怒りをぶつけておかなければ。 「ヘンタイ、スケベ、絶倫…………………」 睦事のように悪口を言っているのに、レオンは優しく微笑むばかりだ。 やがて文句を考えるのも面倒くさくなると眠りへと落ちて行った。 夢を見ていた気がする。 体も心もふわふわして、まるで雲の中にいるみたいな感覚を覚える。だからきっと夢だ。 目の前にはレオンがアリーシャの手を取って頬に当てている。 あれだけ悪口を言ったのに優しく微笑む姿はやはり夢だと思わせた。 「オレはね、本当はアリーシャのこと誰にも見せたくないんだ」 子守り歌のように優しい声がする。 「だから出来ることなら鳥籠に閉じ込めて鍵をかけて永遠に一人占めしたい」 だったらどうしてこんな場所に連れてきたのだろう。 不思議に思ったがお腹に力が入らなくて声が出ない。 「でも反対に皆に見せびらかしたくなる時もあるんだ。オレにはこんな素敵な恋人がいるんだぞって」 心を読んだかのようにレオンが答える。その言葉は特別甘く感じた。 恥ずかしくて目を閉じると再び眠気に捕まってしまう。 「忘れないでね。沢山の中から選ばれる幸せを教えたのはアリーシャなんだから」 結びの言葉に幸せそうな寝息が混じり夜へと溶けて行った。 「ふわぁー」 大きなあくびをしてアリーシャが目を擦る。 何もかも悪夢なら良かったのにと思ったが目を覚ましたのはレオンの膝の上だった。 いつの間にか照明は消され開かれたブラインドから朝日が差し込む。 「おはよう」 アリーシャの顔を覗き込んだのはいつものレオンだ。 気が付くと仮面は2人とも外されていてしわくちゃな服だけが夢の残り香のように残っていた。 「歩ける?」 アリーシャが小さく頷く、あれだけ酷い夜だったのに胸の辺りがぽかぽかして不思議と嫌な気分ではない。 「じゃあ帰ろうか。あ、朝ごはん食べてく?何食べたい?」 「…………お肉」 どうにか拗ねてみようと眉を寄せるけれどあまり様にならない。 「朝から元気だね。モーニングビュッフェ?それとも牛丼?」 苦笑いするレオンにアリーシャが首を傾げて考える。 傾げたついでに一つ疑問が浮かんだ。 「レオン、よくここに来るの?」 「また連れて来て欲しい?」 「そんな訳無いだろ!」 レオンがからかうとアリーシャはむきになって反論する。 「ただ………」 けれど勢いは途端にしぼんでしまう。下を向いて唇を1度きゅっと噛む。 「凄く馴れてたから」 レオンが昔誰かとここに、もしかしたら今もこっそり来ていたらと思うと胸の辺りがミルクを落としたコーヒーの様にグルグルとなって濁った色になる気がした。 でもそれが何なのか、言葉に出来なくて小さな手を開いたり閉じたりする。 困り果ててしまいレオンの方をみるとポカンとした顔をしている。 こんな顔をするなんて珍しい。 「それって………嫉妬してるってこと?」 恐る恐るレオンが尋ねる。 「そう…………なのかな?」 聖人君子ではないにしろ誰かを強く妬んだことがないアリーシャには判断が付かない。 「わっ………」 頭を悩ませていると不意に抱き締められた。 「嬉しい!」 思いがけない言葉に驚くけれどレオンは子供みたいに笑う。 「嫉妬されて嬉しいの?」 けれどアリーシャは首を傾げる。狂う程の嫉妬は身を滅ぼす、読んできた物語のどれにも同じような事が書かれていた。 「こんなカワイイ嫉妬なら大歓迎だよ!それにアリーシャの嫉妬なんて貴重なもの」 まるで特別な宝物でも見つけたみたいに微笑む。 「今日はお祝いだね。赤飯炊かないと!」 「やっ…………やーめーてー」 レオンの腰に抱きついてアリーシャが引き留めようとする。 嫉妬しただけなのにとんでも無いことになりそうだ。 その晩、言葉通り夕食に並んだごちそうを前にアリーシャは八雲とフィオナへの言い訳を泣きながら話す事になった。

ともだちにシェアしよう!