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第4話

学校が近づくにつれて多くなる同じ制服の生徒に、俺の心臓は痛いほど早鐘を打った。でもそんな俺の緊張と不安をよそに周りの反応は驚くほど変わり映えしなくて逆に戸惑った。まあ、いつもと違うとすれば視線と挨拶の数くらいか。正純が居れば自然と周りの視線は集まるし、知り合いはこぞって挨拶してくる。俺の知り合いではないけど一応俺も返してた。 思えば騒がしい朝だったんだなと教室までの道すがら思った。梶がずっとくだらない話をしてくるから別な意味で騒がしいが。 梅ちゃんに休んでいた分のノートを借りる約束をして教室へ入れば、ざわついてたクラスが一瞬だけ静まり返り、一部の奴らが椅子や机を蹴倒す勢いで俺のところに集まってきた。勢いに圧されて2、3歩後退りながら顔ぶれを見れば、王様ゲームをやってた面々みたいだ。 「コウっ、もう体調大丈夫なんだな!?元気いっぱいなんだな!?」 「え?お、おう」 野球部らしく黒髪短髪で太い眉毛が特徴の吉野が、俺の肩をがっしり掴んで鬼気迫る勢いで聞いてきた。目を瞬かせながら返事をすれば、ほっとしたように息を吐いて、よかったと肩をポンポンと叩いてくる。その吉野の瞳が若干潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか。 「イガグリみたいにツンツンで、風邪なんて今までひいたことないって言われてもみんなが納得しちゃうようなコウが、コウがっ……そんな繊細なハート持ってるなんて知らなかった…っ!まさか、ね、熱出す、っ、な、なんて…ぶふふーっ」 最初は神妙な顔で泣くのを堪えているように口に手を当てていたカン太。猿顔で背も160cmギリ届かないからよく小学生に間違われているが、中身も大概ガキだ。途中までは心配してくれてたのかと思ったが、ただただ笑いを必死に堪えていたのだとわかれば怒りが湧き上がる。 「おい、笑ってんじゃねーよチビカン!さらに身長縮めてやろうか!?ああ!?」 「それは勘弁ー!!でもコウが元気になって良かったー!」 拳を握ってカン太を睨みつければ、頭を両手で庇って猿のごとくピャーっと教室から逃げ出した。その背中を拳を震わせながら見ていれば、梅ちゃんにまたどーどーと馬扱いされてしまった。 「……長瀬くん」 仕方なく拳を下ろして息を吐き出せば、か細い声が俺を呼んだ。声のした方を見れば櫻井さんがいて、その顔には悲壮感が漂っていてぎょっとする。が、元が美人だからか憂いがプラスされて美人度が増してる気がする。また誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。 「ごめんなさい、こんな事になるだなんて思いもしなくて…。例えゲームでもやりすぎたって、とても反省してます」 そう言って頭を下げてきた櫻井さんに面食らう。綺麗なつむじを見ながら頭を下げられた経験のない俺は、いや、とか、そんな、とかあたふたしてしまった。 そもそも、ただのゲームで勝手に熱出してぶっ倒れたのは俺だし、櫻井さんが悪いわけじゃないし…。 なんて言えばいいんだと1人百面相をしていれば、ゆっくりと頭を上げた櫻井さんに少しホッとする。 「でも……まさか私の言った番号が、望んでた2人になるなんて思わなくって…!私、すごい興奮してしまってっ、」 「え…?」 望んでた…?こ、興奮…?……え、なんて? 「ちょ、いずみっ」 「キスやハグなんかより、私は手を繋いで歩いてくれた方がすごい神聖で尊い気持ちになるから命令したんだけど、もうっ、眼福!神々しい以外の言葉が見つからなかった!鼻血を出さなかった私を褒めてあげたい気分よ!それに、やっぱりリードするのは杉山くんなんだなってわかったら、もう、もう…っ!」 「わー!もう、いずみ黙って!」 金森が興奮状態で意味のわからない事をペラペラと話す櫻井さんの口を手で塞いでくれたおかげで、放心しかけてた意識が戻ってきた。櫻井さんの大人しいという印象がガラリと変わりすぎて頭がついていかない。 「とにかく!長瀬の事とか何も考えないで言ったことと、それをこっちも普通に面白がっちゃったことも反省してる。ごめんなさい。でも、本当に長瀬が元気になってよかった。お詫びに今度なんか奢らせて!」 じゃ!と口を塞いだままの櫻井さんを引きずって席に戻って行く金森にただ、おー…、と気の抜けた返事しか返せなかった。 その後も集まってきた奴や、登校してきたクラスメイトに揶揄いプラス労いの言葉をもらって嬉しいような情けないようなむず痒い気持ちになったけど、不思議と嫌じゃなかった。 梅ちゃんから借りたノートをせっせと写していると、突然両頬に冷たい何かが触れて飛び上がる。 「つめてっ!」 なんだと勢いよく後ろを振り向けば、両手を差し出してる状態で悪ガキっぽく笑ってる正純がいた。 「うんうん、元気になったようで何より。よかったよかった」 「正純っ!お前手ぇ冷たすぎんだよ!ずっとホッカイロでも握りしめてろよっ」 「握りしめてた結果がコレだけど?コウの体温が高すぎるだけっしょ」 「ちげえよ!!お前の体温が低すぎるんだよ!生姜でもモリモリ食べてろ!」 「えー、俺辛いの苦手ー。てかそんな興奮するとまた熱出るよ?」 「同じこと梅ちゃんにも言われたわ!……けど俺、そんなやわじゃねーし」 口から出た響きが思いがけず不貞腐れたガキのような言い方になった気がして、慌ててそっぽを向く。それこそガキの態度じゃねーか!と思ったがもう遅い。じわじわと熱を持ち始める頬。そんな俺を正純がどんな顔をして見ているのか、なんだか知るのが怖くて動けずにいると頭にふわりとした重みとわしわしと撫でられる感覚。いや、確実に撫でられてる。 「ま、いつでも俺がコウの冷えピタ役してやるから安心しな。その代わり、コウは俺のホッカイロ役よろしくー」 それだけ言うと自分の席へ向かう正純を視線だけで追う。冷えた手で撫でられた頭だけがひやりとしていて、なんだか体はぽかぽかと温かい。クラスメイトに労われた時に感じたむず痒さとはまた異なった、いたたまれなさが追加されたむず痒さに周りに聞こえないように小さく呻く。周りの奴らと談笑を始めた正純から視線を剥がして、とにかくノートを写すことだけに意識を集中させた。 ―――はず、なのに。同じ教科を二度も写してる事に気付いて項垂れた。

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