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第5話

その後は特に俺の気持ちも乱されることなくお昼休みを迎えた。 「コウー、学食行く?」 「うん、うどん食いたい」 「俺カレー!」 「俺は日替わりー!今日唐揚げだって!」 「マジか!じゃ俺も日替わりにしよーっと」 梅ちゃんに聞かれて教科書をしまいながら答えれば、後ろから梶とカン太の元気な声と、横から唐揚げと聞いて嬉しそうな吉野の声が聞こえてきた。いつもならそこに正純の声も加わってくるはずなのに聞こえて来なくて、あれ?と俺が正純の方を向こうとしたのと同時に別の声が正純を呼んだ。 「正純ー!めっちゃ可愛い後輩がお呼びだぞー!」 めっちゃ可愛い後輩…? どんな子だろうかと入口へ目を向ければ、そこには本当に可愛い子がいた。 走って来たのか、息を切らしながら頬をリンゴみたく赤くさせて真っすぐに正純を見ている。小さな顔のせいで余計に大きく見えるぱっちりな瞳に、うるツヤぷるんな唇。化粧は全体的に薄めだけど、地の可愛さが際立ってるからこのくらいがちょうどいいのかもしれない。淡いミルクティーみたいな色をした髪は緩く巻かれて、キューティクルがツヤツヤと輝いてまさに天使の輪っかだ。いや、天使そのものだ! こんな可愛い子がうちの学校にいたのかとあんぐり口を開けてその子を見ていれば、いつの間に近付いて来ていたのか、冷めた目をした正純に顔を覗き込まれて驚きに背が仰け反った。 「コウ、そんな口開けてるとゴキブリ入ってくるよ」 「っ!?うおえぇっ!おまっ、変な想像させんなよ!」 「アホみたいな顔してるコウが悪いと思いまーす」 「失敬な!」 「え!コウなのに失敬って言葉知ってるんだ?コウなのに」 「二度も言うな!!ったく、さっさとあの子の用済ませて来いよ。先に食堂行ってっから」 馬鹿にされてイライラしながら財布を持って立ち上がれば、そうそうお昼なんだけどさ、と正純が軽い調子で言ってきた。俺の記憶が正しければ、昨日もこんな調子で言われたはずだ。今度はなんだと軽く睨みながら黙って話を聞く姿勢をとる。 「とりあえず、コウがアホ面で見てた子が昨日話した告白してきた子ね。で、今日俺の分もお弁当作ってきてくれたんだって。俺が決めるまでは毎日お弁当作ってきたいって言うから、しばらくお昼も別々な?」 「弁当、って…」 ちらりと入口で待っているその子へと視線を向ければ、確かに1人分にしては大きいランチバッグを胸に抱えていた。あんな可愛い子が弁当作って来てくれるとか、俺には奇跡でも起きない限り一生ないだろう。 正純の為に、正純の事だけを考えてそれを作ったのかと思ったら俺は、その子の正純への本気さに対してなのか、それともそこまでさせてしまう正純に対してなのか、はたまた両方に対してなのかはわからないけどただ漠然とすげえなという感想しか出なかった。 それと同時に、粘つく何かが食道を這っていくような不快感を覚えてキュッと眉根を寄せる。 ふと、俺は視線を上げて驚いた。 なぜか、彼女も俺と似たような顔をしていたのだ。 ……いや、それは俺よりも苦しげで、悔しさの滲んでる顔だ。 どうしてそんな顔で俺を見ているのかわからず狼狽えれば、大きな体がその視線を遮り次に正純の申し訳なさそうな顔が映り込む。 「そゆことだからコウ、」 「はいはい、コウの事は俺らにどーんと任せてくだせえや。正純はラブラブちゅっちゅなランチタイムをどうぞごゆっくり~」 突然梶が俺の左腕に絡みつきながら、正純の言葉を遮って茶化すように言う。 「俺らが一緒ならコウも寂しくないしね!……あんな可愛い子滅多にいないんだから、お試しなんて終わらせてさっさと付き合っちゃいなよ!」 右腕にはカン太が飛び付いて来た。付き合っちゃえのくだりは正純に顔を寄せて小声で言っていたけど、すぐ傍にいる俺と梶には丸聞こえだ。正純はカン太の言葉にちらりと一瞬俺を見てから、困ったような苦しいようなやるせなさを含ませた笑顔を浮かべた。 「俺だってね、誰でもいいわけじゃなくて、ちゃんと好きな子と付き合いたいわけ。本気でぶつかって来てくれてるから、俺もそこはちゃんと応えたいわけよ」 またあとでなと俺の頭をポンポンしてからあの子の所へ向かった正純。その背中を見たら、なぜかグッと胸が詰まった。 ちゃんと応えたいって……どーいうことだ? 今の正純らしくない笑顔がなんでか頭にこびりついて思考がまとまらず、2人が去って行った入口をボーっと眺めていると、両側からお調子者ズの顔がにょきっと出てきた。 「え、なになに。ってことは正純、あの後輩ちゃんと付き合うの前向きに考えてるってこと!?」 「可能性はゼロじゃないってことだよな!?あー、付き合ったらあの子の友達紹介してくんないかなー」 「俺にもしてほしい!カン太先輩ってハートマーク付きで呼んでほしい!」 「それいいねー!とにかくさー、モテたい!!」 「モテたいっ!!」 「~~っ、うっせえわお前ら!!」 全力で言い切った2人の頭に頭突きをかましてから、廊下で待ってる梅ちゃんと吉野の元へ行く。中での様子を見ていなかったらしい2人はおでこを擦りながら不機嫌そうな俺を見て心配してくれたけど、それに俺はぶっきらぼうに返すしかできなかった。しばらくしてからよろよろと側頭部を押さえて出てきた梶とカン太に目を丸くした2人。でもいつものことのように受け流すとさっさと食堂へと歩き出すので、俺もそれについて行く。俺もひどいが、2人も梶とカン太の扱いは大概ひどい。中学からの付き合いらしいからそんなもんかと後ろからの呻き声はシャットアウトして、俺はぼんやりと考えた。 カン太達の言う通り、いずれは……付き合うんだろうか。 正純とあの子が仲良く手を繋いで歩いているのを想像したら、心臓にチクリと何かが刺さったような感じがして思わずその辺りを撫でる。 ……まあ、そんなの当然か。あんな可愛くて、お弁当も作れて、健気に想ってくれて。それで落ちない男の方がバカだ。正純もさっさとオーケー出してあげればいいのに。 ―――そう、思うのに。 お昼休みの度にあの子の元へ行く正純の背中を見送らなければいけないのかと思ったら、また胸がグッと詰まって胃がムカムカしてきてどうしようもなかった。

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