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第6話

「でもあの子もこの時期に告白してくるってことは、確実狙ってるよね!」 生徒でごった返す食堂でツルツルうどんをすすっていれば、斜め向かいに座るカン太が米粒の付いた箸をこっちに向けながら楽し気に言ってきた。危ないからやめろと眼力でカン太に伝えるが全然伝わらない。 「この時期って……ああ、クリスマス?」 カン太の目の前、俺の隣に座る吉野が味噌汁片手に聞き返した単語に、そう言えばもうじきかとコシのないうどんを食べながら他人事のように思う。 「そーそー!もうすぐじゃん!?正純のあの感じだとお試し期間の1週間だけでフるとは思えないし、そもそも来週テストだからお互い勉強で会うことも少ないからどっちにしろ1週間は確実に延長でしょ!」 カン太の言葉に知らず眉間にしわが寄る。 ……まあ、1週間では終わらせないよな。ちゃんと応えたいって言ってたくらいだし。 「確かに!それで延長しても最初の3日はテストで潰れるし、土日で遊んだとしてもまだお互いの事わからないだろうからまた延長確定だな!」 俺の目の前に座る梶が、スプーンをカン太に向けながら興奮したように喋る。 確かに梶の言う通り。真剣に向き合うからこそちゃんと相手の事知らないといけないし。それには2人の時間が必要なのはわかってる。わかってるんだけど…。 ……やっぱムカムカしてくる。 箸を置いて水を喉に流し込めば、いくらかは落ち着いて一息つく。 正純の恋愛話なんて俺たちの間ではいいネタで、もうヤッた?とか、あの先輩おっぱい大きいから気持ちよさそうとか、ほぼ下ネタでからかってみんなでゲラゲラ笑ってた。今回もそんな感じでさっさと付き合えってせっついて、面白おかしく下ネタかましてゲラゲラ笑えばいいんだ。 ―――なのに。 なんで、全然楽しい気持ちにならないんだろ……。 自分の感情の変わりようについていけないし意味もわからなくて、むしゃくしゃした気持ちのまま残りの水を一気に飲み干した。 「となれば!!クリスマスもあの子は正純の恋人(仮)でいられるわけだよ梶くん!」 カン太の言葉に、カッと頭の中が燃えるように熱くなった。 ……あの子が、正純の…、こい、びと……。 そう理解した瞬間、吐き気がしてきた。異様に目が熱い。視界が狭くなっている気がする。腹の奥底でグツグツと何かが煮えたぎっているような、脳みそが発火したような。 間違いない。これは、怒りだ。 「なるほど!!ってことはあの子……なかなかの策士よのう」 「いやいや梶さんや、可愛い小悪魔ちゃんと呼んだりや」 「おお、おお、可愛い小悪魔ちゃん。……ええ響きや!」 「たまらん響きや!」 目の前で楽しそうに喋る梶とカン太を睨みつける。グラグラと視界が揺れ、全てが赤一色に染まった。とにかく2人を黙らせたくて拳を強く握りしめる。 「「いでーーっ!」」 ―――ハッとした。 瞬きを繰り返し、現状を確認する。悲鳴を上げた梶とカン太が机に沈んでいた。恐らくその原因となった梅ちゃんと吉野は何事もなかったかのようにご飯を食べている。いつも通りの光景だ。急に血液が流れだしたみたいに耳元でドクドクと脈が打ってて頭に響く。冷や汗が静かに背中を伝う感覚にぶるりと体が震える。恐る恐る視線を下げて自分の拳を見た。 俺、いま……本気で、殴ろうとした…? 握っていた拳から力を抜いて広げてみれば、掌にくっきりと爪の食い込んだ跡があった。それほどの怒りを感じたことなんて今までなくて、なぜ自分がそんなにも怒りの感情でいっぱいになったのかもわからなくて困惑する。 気付けば、手が無意識に震えていた。深く息を吐いて落ち着かせようとするけど、なかなか手の震えが止まらない。知らない誰かに自分が支配されてたような感覚に気味の悪さが襲う。それと同時に、底知れない恐怖を感じた。―――友達を、手加減なく殴ろうとした自分に。 「コウ…?大丈夫?」 「顔真っ青だけど、気分悪くなったか?」 梅ちゃんと吉野に話しかけられてパッと顔を上げる。とっさに首を横に振って笑顔を作ったけど、いつも通りに笑えてる自信がない。というか笑えてない気がする。 「大丈夫。へーき。やっぱこいつらバカだな」 大丈夫じゃない。 へーきじゃない。 友達を殴ろうとしたバカは俺だ。 吐きたいのに吐けないあの感じに似てて辛い。でも本当に吐きたい訳じゃなくて、でも何かを吐き出したい。そんな何かがグルグル渦巻いて喉元までせり上がってくるけど、どうせ吐き出せないんだし、と無理やり飲み込んだ。 「そう?辛くなったら保健室連れてくから言ってね」 梅ちゃんの言葉に素直に頷く。2人とも心配そうな顔で見てくるけど、他に聞いてくる気配がなくてホッとする。 「にしても、俺だったらこの時期の3年に告白なんてまずしないけどね。まあ、正純はスポーツ推薦だから問題起こさなければほぼ確定だけどさ。周りの奴らの事も考えろって思っちゃうわ」 「だな。俺らも意外と早くに決まったから別にムカついたりとかしないけどさ。もし決まってなかったら、しばらく距離置くかなー」 確かに、周りが大学受験でピリピリしている雰囲気はある。俺らのクラスは特進じゃないから難関の大学を目指す奴はいない。それでもまだ受験を控えてる奴はいる。仮に俺が受験戦争中で、友達が告白されただの付き合うだのそんな青春を見せつけられたらイライラしてしょうがないと思う。だから距離を置くのは自然なことだ。俺だってそうする。 「一番苦戦するんじゃないかと思ってたコウもあっさりだったし」 「それな!絶対一人でヒィヒィ言うと思ってたのに、残念」 「……は?なんで残念なんだよ!喜べよ!」 話の矛先が自分に向いたことに気付かず、一瞬反応が遅れた。言われた意味を理解して吉野に食ってかかれば、おめでとー、よく頑張りました!と頭を撫でられ鋭く睨みつける。 「でもまあ、見事に進学先バラけたよねー。梶が調理でカン太がイラスト、吉野が農業でコウが美容師。んで俺が保育士。吉野と正純以外の俺たちは専門だけど、忙しくてあっという間に卒業だっていうし、吉野も農業を一から学ぶってなるとやることいっぱいで大変そうだよな。楽しいキャンパスライフを送れるのは、正純くらいだね」 「確かになー。羨ましいわー」 何気ない卒業後の話に、ギクリと心臓が変な音を立てた気がした。キンキンに冷やされた血液が心臓から送り出されてるのか、すうーっと体温が下がっていく。 そっか。もう、終わるのか。 「正純の大学可愛い女子率高いっていうし、文化祭とか乗り込んで物色しようぜ!」 「それな!てか普通に大学潜り込んで可愛い子ナンパしようぜ!正純の力を存分に借りて!」 そんなふざけた会話を始めた復活したばかりの2人に、再度鉄槌が下されるまであと数秒。 俺は、高校を卒業したらこの日常がなくなること―――正純の隣にいられなくなることに、胸が軋むような寂しさを初めて感じた。

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