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第11話

「………え?」 今更何言ってんの?と間抜けにも口がポカンと開く。募った不安が一瞬にして霧散した。 楽しくなかったら一緒になんていないし、この関係が終わることを不安がったりしない。もしかして、俺が楽しくなさそうに正純の目には映ってたのか?いつから?ずっと?あんなに冗談言って、ふざけて、笑いまくってたのに? 目が勝手に瞬きを繰り返して、緊張している雰囲気が滲み出てる正純を見つめる。 それとも……正純が楽しくなかった、のか? そんなあまりにもショックすぎる考えに口の中が乾いてきた。それが当たっていたら俺はとんだバカ野郎だ。心臓がバクバクして掴まれている手に視線が落ちる。その手からは縋られているような必死さを感じて、違うんじゃないかと小さな希望の光が灯る。でも聞かない事には真実はわからない。一度唾を飲み込んで、重たい口を開け、 「正純、は……」 ーーーピーンポーン この空気を切り裂くようにチャイムが鳴った。俺がびくりと肩を震わせてインターホンのモニターへと視線をやると、静かに手から冷たい感触がなくなった。 「あ…」 「誰だろ、俺出ようか?」 立ち上がった正純はモニターへと歩いて行く。聞きたかったことが言葉にならなかったせいで、すっきりしない気持ちが胸の中に広がる。 本当に正純が俺といて楽しくないと思ってたとしたら……俺は、どうすればいい? そんなの、正純から離れるしかない。でも、俺は正純といて楽しいんだってことをちゃんと伝えたいと、椅子から勢いよく立ち上がる。が、 「……コウ、梶来てるけど…」 伝える前に出ばなをくじかれた。 正純の少しトーンの落ちた声を不思議に思ったが、それよりも梶が来たことに首を傾げる。 「梶…?………あっ!」 そういえばコートを返しに来るって連絡が来てたんだと思い出す。慌てて正純が目の前に立ってるドアホンに走り寄り、ちょっと待って!と梶に伝えて玄関へ向かおうとする。と、また正純に腕を掴まれた。 「梶、何の用で来たの?」 表情の浮かんでない顔と感情の読み取れない瞳に射抜かれ、さらには早口で聞いてきた正純に戸惑って視線が泳ぐ。 「え?えーっと、俺のコート貸したから、それを返しに来ただけだと思う、けど…?」 「なんで?」 「え?なんで、って?」 「なんで梶にコート貸したわけ?」 「あ、あれ?梶から聞いてない?朝さ、家まで送ってもらった時に梶のコートにゲロっちゃって。だから俺のコート貸したんだよ」 「……ふーん、そなんだ」 パッと腕が離される。にっこりという表現がぴったりな笑顔を正純は浮かべてる。いや、浮かべてるというよりも貼り付けてるように見えるのは俺の気のせいだろうか。 「ま…」 「早く行かないと梶のことだからピンポンラッシュしてくるよ」 そう正純が言うなりチャイムが何度も鳴り響いた。さっきといい今といい邪魔ばっかりしやがってと、頭の中でブチッと血管が切れた音がする。俺はダッシュして玄関のドアを開け、梶の頭を殴りつけた。 「うるっせえわ!!ちょっとくらい待てねえのかよ!」 「いっだいー!暴力反対ー!ってかめちゃんこ元気じゃん!俺に心配料払って!」 「誰が払うか!そっちが勝手に心配しただけだろが!……でも、まあ、…今朝は、マジでありがと。あと、いろいろごめん。助かったわ」 梶には多大なる迷惑をかけた自覚はあるので改めて伝える。けど、照れくさくてそっぽを向きながらだが。 なんでか梶にだけは素直にありがとうとごめんが言えなくて、ふざけたり感情を籠めないで言ったりしてたから余計に恥ずかしい。顔が赤くなってるのは触れないでもらいたい。 「うっわ、ちゃんとデレたコウかわいい!嬉しいありがとうかわいい!」 勢いよく抱き着いてきた梶に面食らう。こんなスキンシップもいつもの事だけど、今は照れくささが勝ってるからうまく受け流せなくて慌てる。 「はあ!?かわいいってアホか!キモいし嬉しくないし、つかデレてねえし!!ゲロもっかいぶちまけるぞテメエッ!」 「いいよー、そしたらまたコート借りるし。つーか、ほっそいなー!もっと筋肉つけた方がいんじゃね?マッチョなコウなんて想像できないけど!」 「うっぜ!梶うっぜ!マッチョなって梶なんて抱き潰してやるわバーカ!」 「……ハイハイ、コウ落ち着いて。梶もあんまコウを興奮させないでくんない?」 そんな落ち着いた声が後ろから聞こえ、強制的に梶の体が離される。確かに興奮してたみたいで、俺は正純の存在を背中で感じながらゼエゼエ肩で息を繰り返した。 「あれ、正純もいたんだ。あの子と帰ったからてっきりイチャコラしてるのかと思った!」 「お前はどこのオヤジだよ…。コート、返しにきたんじゃないの?」 呆れた正純の声が耳のすぐ近くから聞こえる。それにドキリと胸が跳ね、こそばゆさに首をすくめる。じわりと耳が熱くなるのがわかった。 「お。そーそー!コウ、ありがとな!こっちこそ助かった!」 人懐っこい満面の笑みで、わざわざコートを紙袋に入れて手渡してきた梶。ガサツそうだからてっきりそのまま渡されるとばかり思っていたので、意外な気遣いに驚きつつも受け取る。 「あとお母さんにさ、俺のコート、別にクリーニングに出さなくて大丈夫って言っといてよ。自分で出すし」 「え?あー、もう遅いかも。今買い物ついでに出しに行ってるはずだから。それに、多分母さんに言ったところで聞かないから結果は一緒だと思うけど」 「おー、マジかあ……なんか申し訳ないな」 「いや、こっちが迷惑かけたんだしそれくらい普通だろ。梶は菓子折りよこせって言ってもいい立場じゃね?」 「そなの!?じゃもっかいギューさせて!」 バッと両腕を広げて迫ってきた梶にびっくりして後ろに下がろうとするが、正純がいて下がれない。このままだと正純ごと抱きついてきた梶に挟まれて俺は確実に潰される!と恐怖していると、お腹に腕が回されて後ろに引っ張られる。突然のことに目を白黒させながら身を任せるが、回された腕がしっかりと俺を支えてくれてて転けることにはならなかった。引っ張ったのは言わずもがな正純だ。 「いででででーっ」 梶の悲鳴に顔を上げると、なんでか正純が梶の顔面を片手で鷲掴んでた。その指にキリキリと力が込められているのが見ているだけでわかる。絶対痛いやつ。バスケ野郎の握力怖い。 「さっき抱きついてただろー?俺も梶にコウ運ぶのお願いしちゃったから、お礼に今回のテストのヤマ教えてやるよ」 「えっ!?マジで!?やった!お願いしまっす!でも今は早く手ぇどけてー!頭割れるーっ!!」 そんな梶の必死の叫びが玄関先に響き、俺は堪え切れずに爆笑した。

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