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第13話

「……え。なにちょっと。さっきの俺へのデレとの差がひどくない!?正純にはデッレ~って感じなんだけど!俺にもデッレ~ちょうだい!」 犬がじゃれて来るみたいに腰に梶が抱き着いてきて、その衝撃で正純の手が俺から離れる。その事に残念さと寂しさを感じながら、原因の梶を睨みつける。が、顔が赤いから全然迫力に欠けてる気がして余計にイラつく。 「はああ!?デッレ~なんてしてねえよ!俺ん中での梶と正純の扱いが格段に違うだけだっつーの!」 「なん、だと…?コウは、このイケメンで優しくて面白くてイケメンな俺よりも正純の方がいいって言うのか!?」 「当たり前だろが!!梶のイケメン度合いなんか正純と比べたら断然劣るわ!梶より正純と一緒に登校した方が楽しいし、昼飯も正純の隣で食べた方がうまいっ!もう正純が隣にいねえと落ち着かねーの、俺は!」 いい加減に離せと腰に回ってる梶の腕をつねれば、きゃいんと子犬のような声を上げて離れていった。腰に手を当ててフンっと梶を見下ろし、勝ち誇った優越感に浸る。一体何に勝ったのかはわからないが。 「……コウ、ほんと?」 ぽつりと呟かれた声にハッとなる。勢いよく正純を見れば嬉しそうな顔とかち合った。 ーーー待て、俺今何言った。 「俺と一緒に登校した方が楽しいとか、ごはんも俺との方が美味しいとか、俺が隣にいないと落ち着かないとか」 「ああーーっ!言うなっ、言ったかもしんないけど言うな!」 言った、言いました、言いましたね!勢い怖い!俺の口がコントロール出来なさすぎて怖い!! 「ごめん。でもお願い。ほんとって言ってくんない?」 髪をぐしゃぐしゃに掻きむしれば縋るような声で言われ、驚いて正純を見る。笑顔なのに瞳だけは不安気に揺れていて、揶揄っている訳じゃないことはわかった。俺がほんとって言うだけで正純が安心するんだったら安いもんだ。でも全部本音だからこそ、それを改めて肯定するのは恥ずかしすぎる。喉奥で唸って禿げるんじゃないかと思うくらい頭を掻き回してから、ちらりと正純を見上げた。 「……ほんと、だって……だあもうっ、恥ずいんだよバーカ!!梶よりもってだけだからな!?勘違いすんなよバーカ!!」 ガキかというくらいバカバカ言いながら勢いのままに正純の肩を殴れば、ごめんと言いながらも正純は声を上げて笑い始めた。グッと眉間にしわを寄せて睨みつけるけど、正純から不安の色が消えたみたいで心底安心した。それに何より笑っている正純を見てると体の奥からぽかぽかと温かくなって、幸せな気分が全身を満たしていく。 今まで人を好きになって、こんなに幸せな気分になったことあったか? 過去を振り返ってみても答えはノーだと断言できる。ずっと正純の事は好きだったけど俺が思うにそれは友愛で、それが恋愛に変わっただけでこんなにも自分の感情が揺さぶられるとは思いもしなかった。さっきから口元がニヤけそうになって思い切り唇を噛み締める。本当は思い切りニヤけたいけど、絶対変に思われるから我慢だ。 「…ちょっとー、俺そっちのけでスーパーイチャコラタイムやめてくんない?」 恨みがましい声が下から聞こえた。と、思ったら腕を下に引っ張られ、声を上げる暇もなく気づけば梶を背もたれにして座らされていた。しかもバックハグ付き。 ………は? 「正純はあの子とイチャコラしてろよなー。寂しい者同士、俺がコウとイチャコラしてるからよ!」 うひひと変な笑い方をした梶の腕にギュッと抱きしめられる。状況が呑み込めず呆然としてたが、梶の”あの子”という言葉に肝が冷えた。頭に浮かぶ、カナちゃんの顔。 そうだった、正純にはカナちゃんがいるんだった…。 悶々としてた自分の気持ちがわかって幸せな気分になって、どうやら俺は現実が見えていなかったらしい。正式に付き合ってないにしろ、あれだけお似合いなんだから正純だって満更でもないはず。そもそも男が男を好きになった時点でアウトな話だ。報われるはずがない。告白なんてしたら正純の隣にいられなくなるのがオチだ。 ぎゅうっと心臓が痛んで、鼻の奥がツンとなる。 ―――失恋確定。 でも、それでも俺は、正純の隣に居たい。傍に居たい。 正純の笑顔を見られて、幸せな気持ちを貰えればそれでいい。 大丈夫。今まで通り、正純の幼馴染として接していれば何も問題ないんだ。 好きって気持ちは、俺だけの秘密。 そう固く心に決めてから顔を上げて、すぐに下げた。 だって、微笑む悪魔がそこにいたから。 「――梶、そんなにイチャコラしたいんなら俺としようぜ?勉強教えながらじっくり愛してやるよ」 「え……こわ。正純こわっ!目がマジすぎて怖い!絶対イチャコラしないよね!?じっくりいたぶるの間違いだよね!?」 「さあ?どう感じるかは梶次第だけど、ちゃんと愛が籠ってるから安心しな」 「釘バットみたいな愛はいらないよ!?こってり濃厚甘々な愛をください!」 「オーケー」 「全然オーケーな顔じゃないよね!?コウ助けてーっ」 「ぐぇっ」 ぎゅううっと梶の腕に力が入ったせいで、もろに首が絞まって苦しい。俺が助けてほしいわ!と内心苛立ちながら、無理矢理自分の首と梶の腕の間に手をねじ込んで空間を作る。 「てっめえ、苦しいわ!首絞まってんだよ!」 苦しさに涙目になりながら梶を睨んで怒鳴るが、その距離が近すぎて仰け反る。まだ腕が回ったままだからそんなに離れられなくて、とりあえず睨みつける目に力を入れておく。俺に助けを求めて怖がってたはずの梶だけど、ごめんと謝る訳でもなく、なぜかきょとんとした顔で俺を見つめて目をぱちくりさせていた。なんだその顔は、と訝しんで自然と眉間にしわが寄る。 ……て、ん?なんか、距離縮まってね…? こっちが限界まで仰け反ってるって事は、梶の方から近づいて来てるということで。 何がしたいんだと梶のきょとん顔を見ていたが、梶の息を頬に感じてさすがに驚く。 え、待て。待て待て。さすがに近すぎじゃね!?この距離おかしいよな!?こんだけ近かったら普通にキス出来るし! ……は!?キ、キス!? 「ちょっ、梶!…むぐっ」 梶がそんな真似しないだろう思いつつも盛大にテンパっていれば、冷やりとした手に口を塞がれ、梶の顔は横から伸びてきた手に鷲掴みにされて離れていった。 あれ?なんかデジャヴ…。 「いでででー!」 「梶は俺とイチャコラすんだろー?なんでコウに顔近づけてんだよ。チューでもする気だった?」 「だって涙目なコウかわいかったし!ごめんねのチューぐら、いだだだだっ、頭割れる!」 「そういう気持ちの悪いイチャコラはやめてねー?…胸糞悪ぃから」 最後に呟かれた低く冷たい言葉に、心臓が一瞬止まった。怒ってるのがわかる声音から、バカな俺でも正純の気持ちがわかった。 正純は、男同士のそういう絡みが嫌いなんだ……てことは、男から恋愛感情持たれるのも嫌なんだろうなあ。 この気持ちが報われないのはわかっているけど、それが本当なら正直キツイ。時間が解決してくれるとよく言うけど、正純への気持ちがなくなるまでにどれくらいの時間がかかるのか、想像すると怖くなる。 このままずーっと正純のことが好きだったら……俺は、正純の隣にいられんのか? なんだか想う事が辛すぎて、自分から離れてしまうような気がする。正純の笑顔を見て感じる幸せも、そのうち辛さに変ってしまうのかもしれない。隣にいたいのに隣にいると苦しいなんて、俺には耐えられそうにない。 つくづく自己中な男だと思う。 プラス、弱くて、女々しい男なんだ、俺は。 泣きそうになるのを我慢して、口を塞いでる正純の手をどけて立ち上がる。 「……俺、トイレ行ってくるわ」 「え!?このタイミング!?」 「もれる」 「うっそーん!」 「ウソ」 「ウソ!?」 「マジ」 「えっ、どっち!?」 「ぶはっ、そんだけ元気なら大丈夫じゃん」 気分が落ちすぎてても梶とのテキトーなやりとりが楽しくて思わず笑う。でも正純の方は見れないまま、俺は梶の悲鳴に笑いながら部屋を出た。

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