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第14話
あっという間にテスト期間が終わり、返却されたテストの結果は数学と英語が赤点と最悪の結果だった。体調不良になり、精神的にどん底な状態でよくやったと我ながら思うけど、冬休みの補習が確定した事に思い切り項垂れる。ヤマを教えてくれた正純にも申し訳なくてそっちが見れない。……理由はそれだけじゃねーけど。
「コーウ、ポテトでも食って帰ろー!仕方ないから奢ってやるよ!今全サイズ150円だし!」
カン太が俺の机の前にしゃがみ込んで明るく言ってくる。外見も中身もガキなくせに、いつも平均点を取ってるカン太。なんで頭だけは年相応なんだと苛立つ気力もなく、ただ虚脱感に苛まれる。
「コウ元気出せよー?補習って言っても2日だけだしさ。年明けは初詣行ってうまい豚汁食おうぜ!俺バイトだから先帰るなー」
じゃ!とリュックを揺らしながら颯爽と去って行った吉野に力なく手を振って見送る。高校に入ってからみんなで毎年初詣に行ってる近所の神社では、タダで豚汁がもらえる。それが冷えた体に沁みてやばいくらいにうまい。それを思い出したら少しだけ気分が上がった。吉野には感謝だ。
「俺も数学は補習組だから仲良く一緒に受けよーぜ!」
いつもは俺より赤点の多い梶が、今回は数学だけしか赤点を取っていないからか表情が晴れやかだ。それにはムカついてギロリと睨めば、全く気にしないで俺の肩に腕を回してしなだれ掛かってくる。こっちは座ってるから梶の体重なんて支えられるはずがなく、そのまま反対側に体が倒れていく。
ポスッと頭に何かが当たる。それが俺の体を支えてくれて、椅子から転げ落ちる事態にはならなくて済んだ。
「……梶、コウの今の状態ちゃんと見てる?赤点2つもとって冬休みの補習が確定したせいで紙みたいにペラペラになってるんだから、お前のじゃれ合いに耐えられるわけないでしょ」
梅ちゃんだった。背中に手を添えて優しさを見せてくれてるが、現実というデカいナイフを俺に容赦なくグサグサ突き刺していることをわかっているのだろうか。梅ちゃんこそ俺をちゃんと見てないじゃんかと、じわあっと目に薄く涙の膜が張っていく。グズっと鼻をすすると、梶が俺の顔を覗き込んで目を瞬かせた。
ぶっちゃけ言うと、梶も見た目は悪くない。ハーフに見えなくもない彫りの深い顔立ちで、キリッとした二重の瞳と薄めの唇。黒髪短髪をおしゃれにセットしていて、背も俺と一緒で181㎝はあるから黙って歩いてればナンパもされるだろうし芸能事務所のスカウトだってくるレベルだ。でも残念なことに口を開けばバカでアホなのが丸出しで、下ネタはしょっちゅう言うし黙っていられないからどうでもいい事を一方的に喋ってくる。しかも表情が豊かすぎてよく変顔になってるのもモテない原因だと思う。実際に女子が、梶は顔はいいんだけどねえと呟いてたのを聞いたことがある。まあ、ムカつくから本人には絶っ対、何があっても言わねーけど。
「やっば!確かに顔色も紙みたいに真っ白だな!てか泣きそう?よしよし~、俺がついてるよ~」
涙はまだ流れてないのに、目尻を指で擦って頭を撫でてくる梶をさっきよりも強く睨みつける。緩く締められてるネクタイを掴んで、忌々しい晴れやかな顔を引き寄せると梶は目を見開いて慌てて机に手をついた。この距離感にフッと俺の家でテスト勉強した時のことがよぎって胸が痛くなったが、怒りの力で泣くのは耐える。
「……あとでてめえの口に瞬間接着剤つけて無理矢理引っペがしてやるから覚悟しとけ」
「え……、こっわ。コウ、こっわ!静かに怒んないでくんない!?めっちゃこっわ!!うおっ!?」
急に梶の体が離れて行った。ネクタイが俺の手をシュルシュル抜けていき、梶はたたらを踏みながら引っ張った犯人にドンッとぶつかる。梶も驚いた間抜けな顔をしてるが、俺もびっくりして目が大きくなる。
「密着して何してんのー?」
犯人は正純だった。
鞄を肩に掛けて、すでに帰る準備万端だ。
「びっ、くりしたー。正純かよー、もっと優しく引っ張れよなー!」
「梶めっちゃ丈夫じゃん。心配ないじゃん」
「ヒドイ!こう見えてか弱いんだからねっ」
「頭がね」
「ちょ、梅ちゃん!?本当だけど俺のマシュマロハートが傷つくから言わないで!」
「マシュマロなら弾力あるし、潰しても大丈夫だな。切り刻んでも元に戻りそうだし」
「ちょっと!正純も怖いこと言わないでくれる!?俺のハートを大事にして!」
梶は正純の手を取って自分の胸に当てながら必死に言うが、正純は平らな胸触ってもつまんねーと言い捨てて強引に手を引きはがす。そんないつものおふざけなのに、やっぱ女の方がいいよなとつい自分の胸に視線が落ちてしまった。
て、もう俺、マジで女々しすぎじゃね?俺の男らしさ帰って来ーい!
「そんな事は置いといてさー、この中だと一番か弱いのコウだよね!」
「あ?」
「確かに。最近のコウはぶっ倒れまくりだからね」
「……」
梅ちゃんの言葉に、ぐうの音も出ないとはこの事かと実感した。
――――――――――
梶は小料理屋をやってる家の手伝い、正純は用があるとかで帰った。俺は英語の補習日までにやってくる課題のプリントを貰いに職員室へと向かった。その教師が口うるさい学年主任だから気が進まない。絶対プリント渡して終わりなんて有り得ないから、梅ちゃんとカン太には先にバーガー屋に行っててもらった。
のは、正解だった。結局30分は立ったまま学年主任の小言をグチグチグチグチ聞かされた。俺とは関係ない新任の教師の愚痴まで言われて、ただただ疲れ果てて職員室を後にした。30分も鞄を持ったまま小言を聞く羽目にならなくてよかったと、誰もいない教室に戻って鞄にプリントをしまう。コートを羽織りながら梅ちゃんに今から行くことを連絡していると、
「―――長瀬先輩」
びくりと肩が揺れた。
高すぎない丸みのある可愛らしい声。でも芯のある強さも感じられて、しっかりと俺の耳に届いた。声はちゃんと聞いたことがなかったのに、あの子だとハッキリ思った。
恐る恐る声のした方へと目を向ける。
「カナ、ちゃん……」
やっぱり、カナちゃんがそこにいた。
ネイビーのピーコートに赤いチェックのマフラーを巻いて、いつも下ろしてる髪は今日はポニーテールにしていた。気合いが入ってるように感じるのは俺の気のせいか。
いや、挑むように俺を見てくる瞳からは気迫も感じられて、あながち間違ってないのかもしれない。喜びとかそういう意味ではなく、緊張と少しの恐怖から鼓動が早くなる。手にもじわりと汗が滲んで、スマホをポケットにしまいながら汗を拭った。
「えっと、どうかした?正純なら、もう帰ったけど…」
下手な笑顔を貼り付けて言えば、カナちゃんは教室に足を踏み入れて俺の近くまで歩み寄って来た。背は俺より全然低いのに、逸らされない視線が強すぎてゴクリと唾を飲み込む。
「知ってます。今日は、長瀬先輩とお話したくて来ました」
「俺と…?」
「はい。単刀直入に言うと―――正純先輩と、距離を置いてほしいんです」
「……は?」
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