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第18話

―――――――――― 次の日の休み時間、俺は一人で1年生のクラスに行ってカナちゃんを呼びだし、少し離れた空き教室までやって来た。 「ごめんね、こんなところまで連れてきちゃって」 「いえ、大丈夫です。……お話がある、ってことですよね?」 「……うん」 頷いてみたものの、次の言葉がなかなか出てこない。 昨日どう話そうかずっと考えていたはずなのに、いざとなると緊張して頭の中が真っ白になる。脈が打つ度に視界が揺れて手汗もひどい。 とりあえず深呼吸をして気持ちを落ち着けてからカナちゃんを見る。 「申し訳ないけど、正純と距離を置くことは出来ない」 「……なんで、ですか?」 「それ、は」 ――言って、いいんだろうか。 俺が正純の事を好きだと言って、もしそれが正純に伝わったら。 俺が男が好きなんだと、噂が広まったら。 悪い方にばかり考えが行ってしまって頭を振る。 違う。目の前の子をちゃんと見ろ。 俺に面と向かって言いに来た勇気のある子だ。 そんな子がわざわざ正純に言ったり、周りに言いふらしたりするはずがない。 男だろうが長瀬幸! 俺だって、好きな気持ちを貫くんだ! 拳を握りしめて真剣な表情でカナちゃんを見つめ、乾いた喉を潤すように唾を飲み込む。 「――俺も、正純のことが好きなんだ」 言ってから暫く無言の時間が続いた。 カナちゃんは目を大きくさせた後、ゆっくりと俯いてしまって表情が見えない。 どう思ってるんだろう…。やっぱり気持ち悪いって思ってるよな……。 この沈黙をどう打開すればいいかわからなくて俺も俯きそうになった時、ポツリとカナちゃんが何か呟いた。 「え?」 「……いえ、すみませんでした。先輩の気持ちも知らずに、勝手な事を言ってしまって…」 「え!?いやっ、いやいや!普通思わないしっ、男が男を、とか…」 「びっくりしましたけど……長瀬先輩って、すごく勇気がある人なんですね」 「ええ!?カナちゃんの方が俺よりも全然勇気あると思うよ!?俺なんてウジウジしてばっかでミノムシと同じだし!」 「ミノムシ……ふふっ」 あ、笑った。 俺の前で笑ったのは初めてで目を瞠る。 まさに花が咲いたように笑うカナちゃんは本当に可愛い。正純が落ちないのが本当に不思議だ。 一頻り笑ったカナちゃんは浮かんだ涙を拭うと、微笑んだまま俺を見た。 「距離を置いてほしいっていう話は忘れてください」 「い、いいの…?」 「はい。正純先輩に振り向いてもらうためにもいっぱい努力しなきゃいけないのに、私、ズルしようとしてました。そんな私に先輩が振り向いてくれるわけないですし……先輩が答えを出すその日まで、精一杯頑張りますっ」 そう何かが吹っ切れたみたいに笑ってグッと拳を作ったカナちゃんに微笑ましくなる。 「……うん。頑張って……じゃないか。俺は、俺なりに後悔しないように努力するつもり。だから、一緒に頑張ろう!」 ズイッと手を差し出せば、カナちゃんは目を大きくさせてからまた笑い出した。 なんで笑われてるのかわからなくて、恥ずかしさを誤魔化すように差し出してる手とは反対の手で頬を掻く。 ごめんなさいと謝ってからカナちゃんはキュッと俺の手を握り返してきた。 その時カナちゃんの浮かべた笑顔が、春崎みたいな弾ける笑顔で思わず目を細める。 「私たち、同志ですね」 その言葉がかつてカナちゃんが春崎に言われた言葉だと思い出して吹き出す。 まさか、俺がそれを言われる日が来るだなんて思いもしなかった。 ―――――――――― 「…っ、はああぁぁ~」 カナちゃんが教室を出ていくのを見送ってから、糸が切れたようにその場に頭を抱えてしゃがみ込む。 めっっっちゃくちゃ緊張した…っ!! 自分の好きだって気持ちを伝えるのって、こんなに体力も精神も削られるんだって初めて知った。 本人に伝えるなんて事になったらまたぶっ倒れんじゃねえか…? やっぱ正純に告白したカナちゃんはすげえな、と改めて思っていると、 ――カタンッ 「っ!?」 廊下からの物音にバッと入口に目を向ける。 カナちゃんが出て行って開けっ放しになっていたそこに姿を見せたのは――、 「………梶?」 複雑な顔をした梶だった。 「な、……え?」 なんで梶がそこにいる?いつから?今来たばっか? それとも……ずっと、聞かれて、た? 「ごめん。トイレとは逆方向行くから気になって後つけて、立ち聞きした」 ザアッと、全身から血の気が引いた。 …………バレた。梶に俺の気持ち、バレた。どうしよう、どうしよう。 頭の中がグルグル回って取り繕う言葉なんてものが浮かばない。 「コウ」 呼び掛けられて咄嗟に立ち上がる。 「っ!いっ、てぇ…っ!」 近くにあった椅子に思い切り脛をぶつけて悶絶する。ぶつけた所を押さえてまたうずくまる。痛みで滲んだ涙のせいでぼやける視界に、制服が映り込んでビクリと体が震える。 「あーもー、なにしてんの?見せてみ」 「い、いいって。痣になるだけだし」 「いいから」 「わっ、梶!」 問答無用でスラックスの裾が上げられる。ぶつけたのは脛の真ん中だったみたいで、そこがすでにぷっくりと膨らんで赤くなってきていた。 「…んっ!」 そこに梶の手が当てられる。寒さで冷え切ったのかすごく冷たい。あまりの冷たさに鳥肌が立つ。 「……コウさ、正純の事が好きなの?」 「…っ!」 ビクッと肩が跳ねる。 一番聞いてほしくない質問だった。梶たちには知られないようにしようと思ってたのに、こんなに早く知られるとは予想外中の予想外すぎて脳みそが考える機能をオフにしてしまったように働かない。 「別に、好きだっていいんだよ?気味悪がったり嫌ったりなんてしないし。……でもなあ、ちょっと、俺は応援できないかも」 普通にショックだった。嫌ったりしないって言ってくれて嬉しかったのに、応援はできないって事は気持ちを諦めろって遠回しに言ってるのかもしれない。 じわりと痛みじゃない涙が溢れて、俺は好きって気持ちを貫くんだと頭を振る。 「ああ、諦めろとか男同士の恋愛に偏見があるとかじゃなくって、逆っていうか……うーん」 梶は考え込むように俯いた。俺は梶の言いたい事がイマイチわからなくて、ただただ今日もしっかりセットされた短髪を眺める。すると顔を上げた梶と目が合った。その顔は困惑を色濃く浮かべていて、俺もつられて眉間にしわが寄ってしまう。 「なんでコウまで難しい顔してんだよ」 「つられた」 「ぶはっ」 ウケる、と笑いながら眉間を親指でぐりぐりされる。鬱陶しそうな顔で梶を睨めば、笑いを引っ込めて頬から耳の裏にかけて冷たい手で包まれる。 「たぶん……俺、コウの事好きなんだと思う。……うん、好きだ」

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