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第19話

ポカーン、と目も口も開けて梶を見る。 「え?あ……え?」 「友達って意味じゃないよ?コウが正純の事好きなのと一緒!」 「ああ………え?」 俺が正純を好きなのと一緒、って……。 「――は。はああっ!?」 「気付いたのさっきだけどね!」 「さっきって…、そこからの告白早くね!?」 「だって、俺黙ってられない奴だし!まあ、好きってコウに言うまで確信はしてなかったけど」 「は?」 それなのに好きって言ってくるって……コイツ、アホなの? 呆れた顔で見てやると、耳の形をなぞるように指が動いてくすぐったさに首をすくめる。 「コウが正純の事好きって聞いた時めっちゃショックでさ。俺の方が正純よりコウの事好きなのにって当たり前のように思って、あれ?ってなって。俺モヤモヤすんの嫌だからさ、言葉にしたらわかんじゃね?って感じで言ってみたんだけど……すごい、しっくり来た。もう、好きって気持ちが溢れて止まんねえの、今」 「なっ……」 そんな事を、いつも見せないような真剣な顔で言うなっつーの……。 一気に顔に集まった熱を見られたくなくて、梶の手をやんわり退けて立てた膝に顔を埋めて腕で隠す。 「なんで……俺の事なんか好きになってんだよ、バーカ」 「えー?好きになるのに理由なんてない、って誰かが言ってた気がする!」 「全然、気付かなかったし」 「俺もコウが正純を好きなの全然気付かなかったよ!」 「……俺も、最近気付いたし」 呟くように言えば、そっかと頭をぽふぽふ撫でられる。 「ほんと、いつから好きだったのかなー?うーん、高校入ってコウと正純と友達になって、2人すごい仲良しだなって羨ましく思って。あっ、そうそう!俺がふざけたらコウって本当に楽しそうに笑うからすごい嬉しくって、もっと近くで笑った顔見たいなって思ってコウに引っ付き出した気がする!」 「……そうだっけ?はじめからスキンシップ過多だった気がするけど」 「そうだった?じゃ、もしかしたら一目惚れだったのかもね!」 あっけらかんと言われてふっと笑いがもれる。 「だったら気付くの遅すぎ」 「だあって、男に恋愛感情持つとは思わなかったし!……あっ」 「なに」 「そういえば、梅ちゃんとか吉野に『コウにベタベタしすぎ。どんだけ好きなんだよ』って言われた事あったわ。2人に言われるくらいだから相当引っ付いてたんだねー。まっ、無理矢理俺のものにしようとか思ってないから安心して!」 「バーカ。そんなん当たり前だ。バーカ」 2回もバカって言われた!、と嘆く梶がいつも通り過ぎて思わず吹き出す。 告白してすぐそのテンションに戻れるのすげえな。梶らしいっちゃ、梶らしいけど。 埋めてた顔を上げれば、いつものカラッとした笑顔の梶がいて。 でも、俺を見る目がいつもより優しさと甘さを含んでる気がして照れ臭くなる。 と、同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 「……ごめん、梶。俺、梶の気持ちに応えらんねえよ…」 「うん、わかってる。正純の事好きなのに付き合ってって言えないしね。今は俺の気持ちを知っててくれればそれでいいよ。そうすればコウも正純だけじゃなくて、俺の事も意識するっしょ?そしたら俺の事好きになるかもじゃん?」 にひひと歯を見せて笑って、わしゃわしゃと頭を撫でて来た梶にまた吹き出す。 「すげえ前向き!」 「ポジティブなのが俺の取り柄です!」 「知ってるわ!」 「知ってたか!」 いつもと同じ掛け合いなのになんだか無性に面白くて、久しぶりに腹を抱えて笑った。 浮かんだ涙を拭ってずっとぶつけた所に当ててくれてた梶の手を外して裾を下げる。 「冷やしてくれてありがとな。もうチャイム鳴るし行こうぜ」 そう言って立ち上がろうとすると、ちょっと待ってと梶に止められた。 なんだと梶を見ようとする前に俺のではない大きな手が視界に入り、顔を両側から包み込まれて固定される。 ―――ちゅっ そんなかわいらしい音と額に感じた一瞬の温もり。 え……。 何が起こったんだと唖然と梶を見上げれば、自分はさっさと立ち上がって動けない俺の腕を掴んでくる。 「やっぱ笑ってるコウ可愛い。……よしっ、行こー!」 「えっ?わっ!と……え、待って、ちょっ、」 そのまま腕を引っ張って立たされ、引きずられるようにしてなんとか足を動かす。 いや、教室には戻んなきゃだけど、ちょっと待て。今、お前、俺のデコに……。 やっと理解して、じわりじわりと顔が熱くなってくる。コイツ、付き合ったらホテル直行するタイプだと呆れてため息が出た。 「やば、あと3分もないよー!」 「はっ?おわっ!テメっ、急に走んな!!てか待て速い速いっ!コケる!ぜってーコケる!!」 「じゃあ、お姫様抱っこする?」 「誰が!!つか手ぇ離せっての!」 俺の腕を離さないで猛スピードで走り、ふざけたことをぬかしてくる梶に怒鳴る。離してくれればコケることは回避できるし、確実に走りやすい。 なのに、 「やーだ」 笑顔で振り向いて語尾にハートマーク付けてそうなノリで梶は言った。 腕を掴む手も強まって、本気で離す気はないんだと伝わってきて俺はまた呆れたため息を吐くことしか出来なかった。 ―――――――――― 「セーフ!!」 チャイムが鳴る前に無事教室に駆け込んで来た俺たちに視線が集まり、どんだけ踏ん張ってんだよ!とかイチャイチャも程ほどにしろよーとか揶揄いが飛ぶ。俺は息切れがひどくてそれにツッコむ余裕もなく、さっさと席に座ろうとして気付く。 「…梶、手」 未だに掴まれてた手を離すように言えば、梶はパッと素直に離してくれた。改めて席へ行こうとした瞬間、するりと顔の輪郭を撫でられる。 「!?なっ、なに」 「汗、すごいけどタオルいる?」 さっさと座らせてくれと思うも、全力疾走した上に暖房の効いた教室のせいでさっきから汗が止まらないのは事実だ。なんでお前はそんな涼しい顔してられるんだと睨みつける。 「いる」 「ういー」 梶はすぐそこの自分の席に掛けてある鞄からタオルを出すと、俺にポイッと投げて寄越す。 「洗濯しないで返してくれていいよ!その場合はジップロックに入れてね!」 「テメエは変態か!ぜってえ洗って返すわ」 ぜえはあしながらツッコめばちょうどチャイムが鳴って教師が入って来た。汗をタオルで拭きながら急いで席に着いて教科書を出す。 なんとなく、気になって正純の方に視線をやった。 「――っ」 ……冷たい、凍えるような瞳だった。 こんな感情のない正純の顔を見るのは初めてで視線が釘付けになる。 その瞳は俺ではなく後ろ、たぶん梶に向いてるような気がする。でもなんで梶にそんな瞳を向けてるのか、今の正純からは感情が読み取れなくて戸惑う。 ……梶の事、嫌いになったとか…? 人の好き嫌いがあんまない正純がまさか、と思うけどその瞳は友達に向けるようなものじゃないのは明らかだ。スッと正純の視線が梶から逸れて自分の机に落ち、俺もやっと正純から視線を外すことが出来た。 暑さ以外の汗もかいた気がしてタオルで拭う。それでも暑さはどうにもならなくて、ブレザーを脱いで椅子の背に掛け、セーターとワイシャツの袖を一緒に捲る。 「…!」 梶に捕まれた腕に残る赤い跡に息を呑んだ。 そんなに強く掴まれてないと思ってたけど、赤くなる程という事は結構な強さだったらしい。赤くなった腕を擦りながら芋づる式にいろいろ思い出してしまって頭を抱える。タオルで梶が触れた額を拭って深く息を吐く。 天然なのか計算なのか知らねーけど……完璧に梶に踊らされてんのがムカつく。 タオルを首に掛けてノートを開き、苛立ちをぶつけるようにぐりぐり円を描きまくった。

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