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第21話
ファミレスに移動して、ホットサンドを齧りながら補習までにやらないといけない課題を梅ちゃんに教えてもらってる。長文読解は途中で意識が飛びそうになるから本気で嫌いだ。横で楽しそうにグラビアアイドルの話をしてる3人が恨めしい。
「コウ、スペルちゃんと見てみ?playじゃなくてpray。LじゃなくてRね。遊ぶじゃなくて祈るって意味。彼女は父親が無事に帰ってくるように遊び続けたって変でしょ?」
「……ですね」
「そこだけ直して。んー、まあ、そんなもんかな。単語の小テストもあるんでしょ?テストと同じ範囲だっけ?」
「うん」
「じゃあ…、ハイ。貸してあげる」
梅ちゃんが鞄から取り出したのは単語カード。
「今回の範囲分のまとめてあるから。書いて覚えるのもいいけど、口に出した方が覚えやすいと思うよ」
「…っ、ありがとう梅ちゃん!補習頑張れそう!」
梅ちゃんのフォークを持つ手を両手で握って涙ながらに感謝を伝える。梅ちゃんは困ったように笑って、お礼はこのパスタ代でいいよと言って来たけど俺はもうそのつもりだったから力強く頷いた。
「コウお疲れー!」
「梅ちゃんもおつ!」
俺は梶に抱き着かれ、梅ちゃんはカン太に抱き着かれ、なんでかペットを愛でるように頭を撫でられてぐちゃぐちゃにされた。前を見れば梅ちゃんも同じような有様で、お互い同時にため息をついて乱れた髪を直した。この2人を問い詰めてもちゃんとした答えなんて返ってこないからとりあえず睨みつけておく。
「2人とも飲み物いる?」
一番端に座ってる吉野に聞かれてグラスが空だった事に今更気付いた。俺と梅ちゃんがソファー席の壁際に座ってるから出るのが大変だろうと聞いてくれたみたいで、さすが気の利く男だと尊敬する。
「野菜ジュースお願いします!」
「俺はジンジャエールがいいな」
「俺ウーロン茶!」
「俺も野菜ジュース!」
「野菜ジュースとジンジャエールね。カン太と梶は自分で行け」
ぴしゃりとカン太と梶をはねつけた吉野は俺たちのグラスを持ってさっさと行ってしまう。その後をぶつくさ言いながらも追ってったカン太と梶に、梅ちゃんと目を合わせて苦笑した。
勉強道具一式を鞄にしまって残りのホットサンドに食らいつく。冷めたからもうチーズは伸びなかったけど、それでもハムとマヨネーズとの相性は最高だ。ほのかに主張するバターもいい仕事してる。もう、とにかく美味い。美味すぎて食べる手が止まらなくて、あっという間に至福の時間が終わってしまったのが悲しい。
「コウ、まだ何か食べる?」
「うん、あとでから揚げ食べるつもり。梅ちゃんも食べる?」
「食べる。とりあえず甘いのはさんどこっかなー」
口元に付いたパンくずを払いながら、メニューを手に取って眺め始めた梅ちゃんを見る。
「ケーキ?」
「うーん……うん、抹茶モンブランにする」
「いいね!一口ちょうだい」
「いいよー」
梅ちゃんは承諾すると店員を呼ぶボタンを押してメニューを元に戻した。俺は、やりっ!と手に付いたパンくずも払って添えられてたプチトマトをポイッと口に入れる。瞬間、弾けた果肉が思ったよりも酸っぱくて顔が渋くなった。
「ねえ、コウ」
「なに?」
「梶となんかあった?」
「っ!?う゛っ、ゴホゴホッ!うげっ、ゲホッ」
不意を突かれた質問に驚きすぎて、思わずあまり噛んでないプチトマトを飲み込んで咄嗟に胸を叩く。微妙に気管にも入ったみたいだ。
「ちょっと大丈夫!?はい水っ!」
梅ちゃんに差し出されたコップを受け取ってグイッと飲み干せば、プチトマトは素直に落ちていったみたいでホッとする。あー、びっくりした。
「あー、びっくりしたー。その様子だとなんかあったんだね」
「いやあ、なんかなんてそりゃいろいろ…は、ないよ?ハハハ。なんかあったっけかなあ?ハハハ……て、てか、なんで?」
変わりなく過ごしてたと思ってたのに、まさかの質問に戸惑う。確信めいた言葉に動揺しすぎてぼろが出そうになるし、勝手に視線が泳いで滴り落ちるんじゃないか思うくらい手汗もひどい。
俺はなんも変わってないと思ってたけど、梅ちゃんには前とは違って見えたってことだよな…?一体どこ!?どこが変わった!?腰に手回してくるやつか!?
「んー、なんだろ。梶がベタベタしてるのはいつもの事だけどさ、なんか距離が近くなったっていうか、雰囲気が優しいっていうか。うーん……」
え、距離近くなってた!?全然気付いてないんですけど…!触り方は優しくなった気はしたけど、雰囲気も優しくなってた!?
わかんねえーっ!と心の中で叫んで俺が頭を抱えると、あ。と梅ちゃんが声をもらした。今度はなに!?と勢いよく顔を上げれば、なんでかにこやかな梅ちゃん。それにキョトンとなるのは仕方がないと思う。
「なんか、正純がコウと一緒にいる時の感じに似てるかも。梶もちゃんと長男なんだなあって実感したよ」
ん?正純が俺といる時と似てるって……。
「え゛。兄だか親だか目線で梶が俺を見てるように見えるってこと?」
「まあ……そんな感じ?」
「うっわ、梶が兄貴とかヤダ!」
「えっ、なになに!?俺の何がヤなの!?ショックで心臓止まったよ!?」
ちょうどよく飲み物を取りに行ってた組が戻って来て、梶が飲み物を置くとすごい勢いで俺に詰め寄って来た。近すぎる顔を押しやりながら、梶の気持ちを知ってるのに否定的な事を言ったのは軽率だったと反省する。
「ヤ、ヤダって梶が兄貴だったらって話な!別に、梶はヤじゃないし…」
………待って、恥っず!梶はヤじゃないしって、めっちゃ恥っず!!
「つっ、つーか、そんだけ元気なら早々心臓なんか止まんねえわ!」
ぐわわっと熱くなった顔を誤魔化すように怒鳴れば、梶は幽霊みたくふらりと離れて乙女のように顔を両手で覆った。見えてる耳がめっちゃ赤い。
「あーーもーー……叫びたい!コウが可愛すぎるって叫びたい!崖の上から叫びたいっ!」
「うっせえわ!!そのまま崖下に落っこちてろ!」
そっぽを向いて持ってきてくれた野菜ジュースをストローで飲む。チラッと目の前の梅ちゃんを見ると、なんとも生暖かい眼差しを俺に向けててぎょっとした。
え、待って待って。梅ちゃん、その眼差しなに?なにを思っての眼差し?そのまんま抹茶モンブラン注文してるけどちょっと待って。大丈夫、わかってる、みたいに頷いてるけど待って。俺が大丈夫じゃないしわかってないからとりあえず待って!
「梅ちゃ…っ」
名前を呼ぼうとすれば、梅ちゃんが手でまあまあと制してきて仕方なく口を噤んだ。何がまあまあなのかわからない。というか梅ちゃんの考えてることがわからない!
「そういえばクリスマスって今年みんなどうするの?」
そんな梅ちゃんが振ってきたのはこの時期にはありがちな質問で、もっとどんでもない事を言ってくるんだと思ってたからちょっと拍子抜けした。…いや、全然有難いんだけど。
去年はみんなで梶ん家に集まって飲んで食べてゲームして、そりゃもうどんちゃんして楽しかった。思えばクリスマスイブも明後日だから、集まるんだったらそろそろ予定を決めないといけない。
「俺はチビ達に一緒にケーキ食べるって約束しちゃったから家族と過ごすんだよね」
申し訳なさそうな梅ちゃん。
「俺、バイト入れちったわ。店長が時給アップしてくれるっていうし!」
目が金になってる吉野。
「俺も仲良くなった専門の先生がイラスト見てくれるって言うからさ、冬休み中はそっちに費やそっかなって。初詣は行くけど!」
好きなことに一直線なカン太。
「俺も店の手伝い。馬車馬のように働かされるクリスマスなんて地獄だ…」
半べその梶。
「ふーん、みんな予定あるんじゃ俺ぼっち確定したわ。まあ、チキンでも買って家でのんびりするかー」
どうせ親は仕事で遅いし。正純は、カナちゃんと過ごすんだろうし……。
一気に気分が下がってストローを意味もなく噛む。
「梶、手伝いに人手が欲しいんだったら適任者いるよ」
「ん?誰?」
ひょい、と梅ちゃんがフォークで俺を指す。
「コウだったらレストランでバイトしてたし、適任じゃない?」
え。
「おーっ!それは名案だよ梅ちゃん!」
「でしょ?コウもぼっちクリスマスより梶と一緒の方がいいっしょ?」
にーっこり。
良い事したぞ感満載な梅ちゃんにまず何をどう解釈してるのか聞きたい。
「コウが来てくれれば一気に天国なるよー!親にちゃんとバイト代出すように言うからさ、店の手伝い一緒にやろ!?さっそく親に電話しなきゃ!」
そそくさと電話をかけてる梶にまだ俺はやるなんて言ってねえぞと思いつつも、稼げるならいいかと繋がったらしい親に必死にお願いを始めた梶を、頬杖をつきながら眺める。
「よかったね、コウ。がんば!」
「……」
待って梅ちゃん。そのがんば!は何に向けてのがんば!なのか説明して……。
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