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第22話
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「5千円お預かりしましたので、こちら320円のお返しです。ありがとうございましたー!」
常連だという陽気な年配の男性を見送ってから、一段落したことに一息つく。
――小料理屋 灯台亭。
梶のおじいさんが定食屋として始めたお店で、引き戸を開けて左手と右手に4人掛けのテーブル席が2つずつ、正面にカウンター席があってその奥が厨房になっている。右手奥には10人程が入れる座敷もあって、狭すぎず広すぎずでアットホームな雰囲気のあるお店だ。
店名の由来はおじいさんが灯台守になりたかったからというのと、どんなにお先真っ暗だったとしてもそれを明るく照らせるような、道標になれるような、まさに灯台みたいなお店にしたいから付けたんだと梶のお母さんが言っていた。
そのおじいさんは70歳を過ぎてるけどまだバリバリの現役で、定食を提供してるランチ時間帯は厨房で腕を揮っている。接客のメインは美人なお母さんだけど、おばあさんも注文を取ったり料理を運んだりと機敏に動いていて、夫婦そろってとてもお元気だ。
何度か食べに来たけど、その中でも俺のおススメは豚の生姜焼きだ。豚肉がパサついてなくてジューシーで、味付けが俺好み過ぎてご飯が止まらない。思い出しただけでめっちゃよだれ出てきた。
夜はお酒と小料理でもてなす居酒屋として梶のお父さんが厨房に立ち、お母さんだけでなく梶と10歳も離れてるお姉さんの燈 さんも一緒に店に出ている。今日はその燈さんがいないから梶に白羽の矢が立った、という事みたいだ。
お客さんが帰った席のお皿を重ねて、布巾でカウンターを拭く。
すると横目に入る、座敷に置かれた花束や紙袋の山。
灯台亭へは昼にしか来たことがなかったけど、駅から少し離れた住宅街の中にあるにも関わらずお店はいつも賑わっていた。こうして手伝いをさせてもらって、昼とは客層は違うけどやっぱり客足はぽつぽつと絶える事はなくて、お酒が入ってるせいか昼とは違う賑わいに別のお店のように感じた。
そして驚いたのが、クリスマスだからとプレゼントを持ってくるお客さんが多く居たことだ。夜に来るお客さんはこの辺に住んでる常連客ばかりだと言っていたからお礼も兼ねてという事なんだろうけど、俺も知ってる高級ブランドのロゴが入った大きな紙袋をプレゼントしてる光景には、思わず片づけ途中の手が止まって口があんぐりと開いてしまった。
あれは一体いくらすんだろ……。
「欲しいのでもあるの?」
「ぅおっ!?」
知らぬ間にプレゼントの山をジッと見ていたらしく、急に耳元で話しかけられて文字通り飛び上がった。話しかけて来たのは梶のお母さんで、俺の反応に可笑しそうに笑ってる。
「すっ、すいません、すぐ片します!」
「ああ、いいのいいの!もう時間だし上がって。幸くんよく働いてくれたからすごい助かったわ~。幸くんみたいな子がうちの子だったらよかったのに!いーっつも真直 は口ばっかり動いて体が動いてないんだからっ」
お母さんは腰に手を当てて怒ったように言うと、常連客だというおじさんと楽しそうに喋ってる梶を見る。梶と同じキリッとした瞳を尖らせているのにその目はとても優しげで、本気で怒ってる訳じゃないのが伝わって来て心がじんわり温かくなった。
「じゃあ、喋らないように今度リップクリームだって言って瞬間接着剤塗らせときますよ」
「あははっ!それいいね!半べそかいてる真直が目に浮かぶわ~。あっ、ごめんね?おばさんの小言に付き合わせちゃって。幸くんご飯食べてくでしょ?そこの座敷に準備するからちょっと待っててね」
「えっ、いいんですか!?ありがとうございます!」
思ってもみなかった申し出にテンションが上がる。家に帰ったら夕飯どうしようかずっと考えてたから素直に嬉しい。ちなみに両親は職場の人とプチクリスマス会をしてくるらしい。
「当たり前じゃない、真直の分までいっぱい働いてくれたもの。たくさん食べてって!おじいの生姜焼きもあるよー」
「ええっ!?本当ですか!?うわー、めちゃくちゃ嬉しいです!!一気にお腹空きました!」
「あはははっ!素直でよろしい!お茶でも飲んでゆっくりしてて」
「ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げてから、後をお願いして座敷に上がる。向かいにあるプレゼントの山に圧倒されつつ、やっぱり気になってしげしげと眺めてしまう。……あ。あれって高級腕時計で有名なとこだったよな!?いやー、すっげえ…。
「――真直!口閉じてここ片付けないと夕飯抜きだよ!」
そんなお母さんの怒鳴り声が聞こえて来て、プレゼントの山から視線を外してそっちを見る。
「えーっ!?横暴!鬼!おたんこなす!」
「そう、いらないのね」
「いります!片付けます!お片付け大好き!」
お母さんの一言で弾丸のごとく飛んできた梶にお客さんと一緒になって笑う。なんだか学校での梶とここでの梶とが何も変わらなくてホッとする。
座敷にいる俺に気付いた梶は、へらりと笑って手を振ってきた。
「コウ、お疲れさん!やっとご飯だよー、ずーっとお腹鳴ってて死にそうだったー」
カウンターに手をついて疲れたように言った梶の後頭部から突如、スパーン!といい音が鳴って驚く。どうやら後ろに立つ般若の顔をしたお母さんの平手打ちが炸裂したらしい。
「アンタは全然働いてないでしょうが!幸くんの方がよっぽどお腹減ってるわよ!」
「イタイー!だって気付いたらコウがやってくれてるんだもーん」
「アンタがおしゃべりに夢中になってるからでしょう!?デカい図体でずっと通路に立ってて邪魔ったらありゃしない!おばあが居たら足思い切り踏まれてるよ」
「うげっ!よかったー、おばあ居なくて!」
「あとで私からおばあに伝えとくから足洗って待ってなさい。とりあえず今は夕飯の準備!幸くん待たせちゃ可哀想でしょ!ごめんね?幸くん。もうちょっと待っててね」
「い、いえいえ!大丈夫ですよ」
般若の顔から申し訳ない顔にコロッと変わったお母さんの表情に内心驚きつつ、そういう所も親子なんだなあと実感した。
それからすごいスピードで大量のおかずがテーブルに並べられた。言っていた生姜焼きに始まり、から揚げ、コロッケ、豚の角煮、揚げ出し豆腐、だし巻き卵、ほうれん草のおひたしに里芋の煮物。最後に山盛りのごはんとわかめとネギの味噌汁を俺の前に置いたお母さんは、遠慮なく食べてってねと笑顔で言って座敷を離れた。
「あー、マジで腹減ったー」
お母さんと入れ違いで座敷に上がった梶は、両手に持ってたごはんと味噌汁を置いて俺の隣に座る。向かいにはあの山があるから仕方ない。
……けど、なんか、左隣に梶がいるのが落ち着かない…。
「梶、場所変わろ」
「え?なんで?まあいいけど」
首を傾げながらも梶は場所を変わってくれて、右に座った梶を見る。うん、いい感じ。
「いただきます」
「え、場所変わった説明なし!?…ま、いっか。いただきまーす!」
だしの味もしっかりする味噌汁をすすりながら、自分でもなんで落ち着かなかったのか考える。
落ち着かないっつーか、違和感っつーか…。なんだろ?いつもそっち見たらいるのって正純だったし。
………。
「――っ!?ゲホゲホゲホッ!」
「わっ!ちょっと、大丈夫!?どんだけがっついて味噌汁飲んでんの」
背中をトントン叩いてくる梶にうっせ!と悪態をついて、とにかくお茶を飲んで自分を落ち着かせる。
ったく、めっちゃ立派な理由あったし…。
並んで歩いてる時も、みんなで昼とか食う時も。
いっつも左を向けば正純が居る安心感を思い出す。
……あーあ、正純に会いてえ…。
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