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第3話

霧島響(きりしまひびき)は、手元に置いたタブレットにカバーをかぶせると、「ふぅ」と一息つきながら、氷がほとんど溶けてしまっている、スコッチのロックを舐めるように飲んだ。 薄くなった琥珀の液体が、グラスの中で小さく揺れる。 響はそのグラスをカウンターに戻したところで、後ろから肩を掴まれ、キッと振り返った。 「何か用?」 「あっちで何か食わない?奢るからさ」 声をかけてきた男は、響よりも一回りほど上の年齢だろうか。 ダブルのスーツを着ているせいで、恰幅がよく見える。 「そういうの、いらないから」 「でもさ、ずっと見てたけど、キミ、何も食べずにその酒ちびちび舐めてるよね?」 「大きなお世話だってば」 棘のある口調で睨み付ければ、「おお、コワ」と言って男は引き下がって行った。 「まったく……めんどくさいったらない……」 響がブツクサ言いつつ、カウンター席のスツールに腰掛け直すと、厨房で店内を見回す武宮という老齢の男に苦笑されてしまった。 「響くんは若いねぇ」 「そうだね、武宮さんよりは、確実に若いと思うよ」 「そう突っかからないで。彼らに悪気はないんだから」 そんなことは分かっているが、ああいう輩に強引に誘われるのは、あまり気分のいいものじゃない。 そう思ってしまうのは、響がまだ初恋の相手を忘れ切れていないからだろうか。 「そう言えば、響くん、いくつになったの?」 賑わう店内で、武宮は少し声のボリュームを上げて訊いてきた。 「23だよ」 響も負けじと声を張る。 「そうかい、もう23かい」 「店を任せるには、まだまだ若いでしょ?」 「そうだねぇ……あと、1年、2年は修行しないとねぇ……」 実は武宮は年齢を理由に引退したがっている。 しかし、この店のオーナーである響は、今のところ名ばかりの経営者であり、実質的な店舗運営は武宮に任せきりだ。 だから今、響は開店から閉店まで店にいる。 そしてカウンター席で1杯のスコッチをあおりながら、経営とは何か、店の運営の仕方とは何かと、現場で武宮に指導してもらっている身だった。 もちろん、閉店している間──、つまり、開店前の掃除や仕込みについても、毎日手ほどきを受けている日々だった。 響と武宮との会話が一段落すると、チリン──、と入口の鈴が鳴った。 すかさず武宮が「いらっしゃいませ」と声をかける。 響も武宮のように声を出さないが、客の顔だけは見ておこうと思って振り返り、次の瞬間ドクン──、と鼓動が高鳴るのを感じた。 どうして彼がここにいる──?

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