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第5話
秀介が響の隣のスツールに落ち着くと、彼はスコッチのグラスを秀介の方へと滑らせてきた。
「スコッチ、飲めるよね?」
聞かれると、秀介はもちろんだと頷く。
大学最後の飲み会で秀介がスコッチに目覚めた瞬間を、響は見ていたはずだと記憶していた。
「なぁ、霧島?お前、なんでこんな店にいるんだ?」
「それは、俺がゲイだから」
「そう……だったんだ……?」
響としては、この性癖を大学卒業まで隠していたが、そこから先は特に秘密にしてはいない。
それに、今意中の人が隣に座っているのに、嘘を吐く気にはなれなかった。
「そうだけど、俺がここにいる理由は、実はもう一つあるんだ」
「へぇ……」
響はほとんど水状態になったスコッチを、一口舐めると、お手拭きで唇を拭った。
「俺ね、この店のオーナーなんだよ」
「は……?マジでか……?」
そう言えば、響は大学卒業後の進路を明かしていなかったなと、秀介はようやくそのことを思い出した。
だがまさか、ゲイバーのオーナーをしているとも思っていなかった。
「うん、マジな話。ここは両親が残してくれた店なんだ」
よくよく話を聞いてみると、響の両親は、彼が大学に在学中に、交通事故で亡くなっているとのことだった。
それから響の面倒を公私に渡って見てくれているのが、カウンターの向こうで調理に余念のない、武宮という老人なのだという。
「そうか、ご両親を亡くしてたのか……」
それは知らなかったと、秀介は眉根を寄せた。
「ああ、気にしないで……っていうかさ、牧原?」
「ん?」
「ちょっと……場所を変えないか?視線がうざったい……」
秀介が肩越しに店内を振り返ると、誰も彼もこちらを見ては、ヒソヒソと何やら話している。
杉沢の話は嘘じゃなかったのかと、秀介は軽く肩をすくめた。
「その方がよさそうだな。で、どこへ行く?この近くにいい店でもあるのか?」
「店じゃなきゃだめ?」
「ん?どういう意味だよ?」
実は──、と響は切り出した。
「俺の家、このバーの真上なんだ。何もない質素な部屋だけど、嫌じゃなければそこで話さないか?誰にも邪魔されないし……」
スコッチも置いてあるんだと言えば、秀介は「断る理由がないな」と、綺麗に笑った。
ドクン──、と響の鼓動が大きく脈打つ。
偶然出会えた初恋の人は、今も昔も素敵な笑顔を見せてくれる。
この笑顔が自分だけのものになればいいのにと、心から思うが、生憎秀介はゲイではない。
響の記憶では、大学時代に彼女がいたこともあったので、ノーマルだと考えていて間違いないだろう。
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