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第8話
それから、二人は他愛のない話をして時を過ごした。
互いの最近のこと、趣味のこと、生活環境のこと。
大学時代にこうして秀介と響が話をしたことなど、一度もなかった。
秀介は大学の公式バスケ部のエースとして、忙しい毎日を送っていたし、響は決して真面目な大学生ではなく、「気が向けば学校に行く」というスタンスを崩さなかったからだろう。
「今思うと、勿体ないことしたよな、俺達?」
「どうして?」
「だってさ、霧島がこんなに話せるヤツだなんて知らなかったから」
「それは牧原が多忙過ぎてたから。バスケと勉強の両立なんて、大変だったんじゃない?」
響にそう指摘されれば、秀介は「確かに余裕がなかったな」と素直に認めた。
「おっと、ヤバい、もう終電の時間が近いな」
腕時計に目を落とした秀介は、グラスをテーブルに置くと、弾かれたように立ち上がる。
「うわ……」
だが酔いの回った頭でもって急に立ち上がると、唐突な眩暈に襲われて、すかさず響に支えられた。
「大丈夫?」
「ああ、すまない……ちょっと飲み過ぎてるからな、今日は」
「スコッチが余計だったかな?」
「かもな」
秀介は一度息を整えると、今度はゆっくりしゃがんでビジネスバッグを手にした。
そしてガランとした家の中を歩いて玄関まで移動する。
「ここでさよならだな」
「──っ!?」
嫌だ──。
響は唐突にそう思うなり、胸が締め付けられるような感覚に陥った。
離れたくない。
友人としてでも構わないから、そばに置いて欲しい。
「あ、あのさ、牧原?」
「ん?」
「連絡先……電話番号とか、LINEのアカウントとか、教えてもらったら迷惑かな?」
言われた秀介は、響にそう言われるなり、綺麗に笑った。
「いや、構わないぞ。でも、時間がないから……」
「スマホのロック画面外して、俺に貸してくれる?」
「ん?ああ……」
秀介が暗証番号を入力して待受画面を開き、響に手渡す。
響はたくさん並ぶアイコンの中からLINEを探して開くと、QRコードを画面上に呼び出して、自分のスマホでそのコードを読み取り、登録した。
「操作が素早いな?」
「え……?」
「俺、LINEのアカウント作ったはいいけど、特に使っていないんだ。とりあえず、後で電話番号を送ってくれよ」
そう言って笑う秀介に、響は改めて惚れ直す。
同時に、どうして自分は女じゃないんだろうと、下唇を噛み締めた。
ずっと引きずっていた初恋の相手。
忘れるはずだったのに、全然忘れられそうにない。
響は拳を左胸に当てながら、速まった鼓動を実感していた。
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