8 / 38

第8話

それから、二人は他愛のない話をして時を過ごした。 互いの最近のこと、趣味のこと、生活環境のこと。 大学時代にこうして秀介と響が話をしたことなど、一度もなかった。 秀介は大学の公式バスケ部のエースとして、忙しい毎日を送っていたし、響は決して真面目な大学生ではなく、「気が向けば学校に行く」というスタンスを崩さなかったからだろう。 「今思うと、勿体ないことしたよな、俺達?」 「どうして?」 「だってさ、霧島がこんなに話せるヤツだなんて知らなかったから」 「それは牧原が多忙過ぎてたから。バスケと勉強の両立なんて、大変だったんじゃない?」 響にそう指摘されれば、秀介は「確かに余裕がなかったな」と素直に認めた。 「おっと、ヤバい、もう終電の時間が近いな」 腕時計に目を落とした秀介は、グラスをテーブルに置くと、弾かれたように立ち上がる。 「うわ……」 だが酔いの回った頭でもって急に立ち上がると、唐突な眩暈に襲われて、すかさず響に支えられた。 「大丈夫?」 「ああ、すまない……ちょっと飲み過ぎてるからな、今日は」 「スコッチが余計だったかな?」 「かもな」 秀介は一度息を整えると、今度はゆっくりしゃがんでビジネスバッグを手にした。 そしてガランとした家の中を歩いて玄関まで移動する。 「ここでさよならだな」 「──っ!?」 嫌だ──。 響は唐突にそう思うなり、胸が締め付けられるような感覚に陥った。 離れたくない。 友人としてでも構わないから、そばに置いて欲しい。 「あ、あのさ、牧原?」 「ん?」 「連絡先……電話番号とか、LINEのアカウントとか、教えてもらったら迷惑かな?」 言われた秀介は、響にそう言われるなり、綺麗に笑った。 「いや、構わないぞ。でも、時間がないから……」 「スマホのロック画面外して、俺に貸してくれる?」 「ん?ああ……」 秀介が暗証番号を入力して待受画面を開き、響に手渡す。 響はたくさん並ぶアイコンの中からLINEを探して開くと、QRコードを画面上に呼び出して、自分のスマホでそのコードを読み取り、登録した。 「操作が素早いな?」 「え……?」 「俺、LINEのアカウント作ったはいいけど、特に使っていないんだ。とりあえず、後で電話番号を送ってくれよ」 そう言って笑う秀介に、響は改めて惚れ直す。 同時に、どうして自分は女じゃないんだろうと、下唇を噛み締めた。 ずっと引きずっていた初恋の相手。 忘れるはずだったのに、全然忘れられそうにない。 響は拳を左胸に当てながら、速まった鼓動を実感していた。

ともだちにシェアしよう!