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第12話
店の開店時間になると、響はカウンターに頬杖をついて、重い溜息を洩らした。
あんなメッセージを送るんじゃなかった。
秀介を困らせることにしかならないのに、「会いたい」なんて思うのはおこがましい。
何と言っても、相手はノーマルじゃないか。
「はいよ」
どこか暗い表情を見せる響の目の前に、スコッチのダブルがコトリと置かれた。
「あれ、武宮さん……?」
いつもはシングルなのだが、今日はどうしてしまったのだろう。
響が顔を上げて武宮を見つめると、彼は「今日は飲んどいたほうがいい」と返してきた。
LINEとにらめっこばかりしている響を、彼なりに案じてくれているらしい。
響はその好意を無駄にするまいと、「ありがとう」と言って、スコッチを舐めた。
「すまん、遅れた!」
午後7時。
秀介がまだ客のいないバーのドアを押し開いて、大声でそう言った。
「──っ!?」
響は弾かれたように振り向き、秀介がスーツの襟元を緩めながら、こちらに近づいてくるのをひたすら見守る。
どういうことだろう。
秀介は、もしかして響に返事を送ってくれていたのだろうか。
響はスマホをチェックするが、やはりトーク画面は響からの「今日店に遊びに来ない?」というメッセージが一番最後になっている。
「ああ、LINEな……すまない、返事をし忘れた」
「え……?」
「ここへ来る途中で、そのことに気付いたんだが、もう店が見えてる距離だったから」
「そう……なんだ?」
響は驚きのあまり目を見開いたままだった。
それはそうだ、秀介がここへ来るなんてこれっぽっちも考えていなかったのだ、心の準備ができていない。
「響君、彼を連れて家に帰ったら?」
しばらく秀介の姿をぼんやり見つめていると、武宮がそう言ってきた。
「え、武宮さん……?」
「君くらいの年齢ならね、もっと遊ぶべきだよ。それから色々学んでも、遅くはないさ」
「でも……」
尚も言い淀む響に、武宮は大きく頷いて見せた。
きっと響がもう仕事どころじゃなくなっていることを、見抜いているのだろう。
「悪かったな、霧島。やっぱりLINEで返信しとくべだったか?」
秀介が申し訳ないといった表情で、響の隣にビジネスバッグを置いた。
「いや、大丈夫……声かけたの俺の方だし」
「そうか、よかった」
「あ、あの……この前みたいに、俺の家で飲まない?」
秀介は武宮の視線が気になって、初老の男を見つめるが、彼はうんうんと頷いている。
多分、響は今日ここにいなくてもいいということなのだろう。
「ああ、じゃあお前の家に行こうか」
「うん」
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