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第22話
この時の響の頭の中にあったのは、「どんな形でもいいから、秀介のそばにいたい」という一途な想いだった。
それは忘れかけていた感覚でもある。
そう、形なんてどうだっていいのだ。
期限付きでもいいのだ。
ただ秀介のそばにいたい。
そのために必要な肩書が、「友人」であろうが「恋人」であろうがどうでもいい。
秀介はしばし響の言葉を脳内で反芻するが、やがて「参りました」とばかりにふっと微笑んだ。
「ポイ捨てなんて悲しいことを言うなって。だが、そうだな……付き合ってみるのも、いいかもしれないな」
「ほ、本気で言ってるの、それ?」
「どうしたって嫌いになれないんだ、だったら、好きになりたい」
それは、当たり前過ぎるほどに、当たり前のこと。
でも、「好きなりたい」なんて言われたら、嬉し過ぎて、幸せ過ぎて、不安になってしまいそうだ。
「じゃあ、俺達、付き合うの……?」
「ああ、そうしよう」
「じゃあ、名前で呼び合ってもいい……?」
すると、秀介は響の額をツンと指で押した。
「語尾が弱まってるぞ。付き合うって決めたんだ、お前ももうちょっと強気になれよ」
響はしばし秀介の指の感触を額で感じていたが、やがてハッとして一歩後ずさった。
触れられた場所が、熱を帯びて顔に赤味をもたらすのがよく分かる。
「響、どうした?」
「──っ!?」
名前呼びの威力は、すさまじかった。
ただ苗字ではなく、名前を呼んでいるだけなのに、それだけで自分は秀介にとって特別な存在だと思えるようになる。
「し、秀介……あ、案外恥ずかしいね、これ?」
「そうか?というか、お前、初恋だって言ってたな?人と人とが恋愛感情を持って付き合うっていうことを、知らないっていう意味だよな?」
「そうだけど……それがどうかした……?」
確かに響には秀介のように、女性を連れて歩いた経験はおろか、恋愛経験そのものがない。
初めて惚れた相手が秀介だったのだ、あるはずもなかった。
「名前を呼ぶとさ、お互いの距離が縮まったような気がしないか?」
「まあ……確かに……」
「そこがいいんだ」
そういうものだろうかと、響は秀介の端整な顔をじっと見るが、答えはどこにも書かれていなかった。
「え……?」
気付けば背に腕が回され、秀介が一歩響の方へ踏み出してくる。
逃れようとすればすぐさま背に回った腕に力が込められ、響はたちまちのうちに秀介の腕の中に閉じ込められた。
「よろしくな、響」
「こ、こちらこそ……」
かくして、恋愛経験者の秀介と、恋愛初心者の響のお付き合いが、スタートしたのだった。
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