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第30話
結局、秀介が送ったLINEのメッセージには、一向に既読マークがつかなかった。
あれから3日、毎日ほぼ定時に帰れるようになった秀介は、できる限り食事と睡眠を多く取るようにし、週末を明日に控えた金曜日、完全に疲労を振り払うことができた。
「牧原ぁ、お前、今日店に行くの?」
退勤間際、杉沢が小さな声で問うてきた。
「はい、そのつもりですが……」
そう応じれば、杉沢は、「ちょっとこっちへ来い」と言って秀介の腕を掴み、無人の会議室内へと連れ込んだ。
「お前、『謎の美少年』とはどうなってんだ?」
「付き合ってますけど……」
「それがな、あの子最近どこぞのイケメンと店で仲良くしてるらしいんだ」
「っ!?」
秀介は表情が強張るのを感じた。
まさか響に限ってそんなこと、と思うと同時に、彼にそうさせるような真似をしでかしたのは自分だということに気付く。
「お前、大丈夫なの?あの子の彼氏なんだろ?」
「はい……」
俯いて、下唇を噛む。
どうして、そういう可能性を考えなかったんだろう。
あの店には、響を狙っている男性も多いと杉沢から聞かされていたのに、いつの間にか響は自分だけのものだと思い込んでいた。
「さっさと店へ行けよ」
「え……?」
「相当情けないツラしてんぞ、お前。そしてようこそ、ゲイの世界へ」
「ちょっと、俺はまだ……」
言いかけて、秀介は口を噤んだ。
下手な言い訳は自分のためにならない。
ゲイの世界になんて足を突っ込んだりするものかと思っていたが、今の秀介の頭の中は響のことでいっぱいだ。
こんな心境なのに、それでも「ゲイじゃありません」などと言えるはずがない。
そう、秀介はもう響に恋をしているのだ。
いつ、何がどうなって、好きになったのかは分からない。
でも、響が秀介を想ってくれているように、秀介もまた響を想っている。
だから今なすべきは店に行って響と話をすることであって、ここで杉沢を相手に会話を長引かせることではない。
「いえ、俺もゲイの世界へ来ました。先輩、よろしくお願いします」
そう言う秀介の顔は、何かを吹っ切ったようにスッキリしていて、杉沢はようやく口角を上げる。
「いいねぇ、そうそうその顔だよ。行ってこい」
「お先に失礼します」
秀介は杉沢に向かって一礼すると、ドアの横についているカードキーにカードをかざしてロックを外し、ドアの向こう側へと姿を消していった。
一人会議室に取り残された杉沢は、つい数ヶ月前の秀介のことを思い出していた。
まさか、同性愛に全くといっていいほど理解のなかった後輩が、同性愛に目覚めてしまうとは。
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