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第32話
「君は随分乱暴だね?挨拶くらい口にしたらどうだ?」
響との会話を邪魔された尾高は、面白くなさそうだった。
「あなたこそ、俺の恋人に妙なちょっかいかけないでください」
「恋人……?」
尾高は目を丸くしながら、響を見つめた。
つい数日前、「恋人などいない」と聞いていたからだ。
「尾高さん、この人は……恋人なんかじゃ……痛いッ!?」
響の腕を掴む秀介の手に更なる力を込めれば、響は根負けしたと言わんばかりに立ち上がり、秀介を見上げた。
「どういうつもりなの、秀介?いや、牧原って呼んだ方がいい?」
「──っ!?」
追い詰められて、初めて分かる自分の心。
響は多分、自分達の関係はもう終わったのだと思っているのだろう。
「牧原」と呼ばれた瞬間、心がチクリと刺すような痛みを感じた。
いつの間に、響に恋をしていたのだろう。
しかも随分心の奥深くまで入り込まれてしまっている気がする。
「2階へ行こう、響」
「え……?」
「二人きりでゆっくり話がしたい」
「……」
響は、無言で秀介の顔を見上げた。
先日のような疲労困憊な感じはしない。
この時間に来られたということは、仕事の多忙さは落ち着いたのかもしれない。
でも、響はもう終わりにするつもりだった。
だから秀介から送られてきたLINEメッセージを未読のままにしておいたし、今日も流されるつもりはなかった。
「響」
再度名を呼ばれると、トクン──、と少しだけ鼓動が高鳴る。
響はチラッと尾高を見つめ、ある種の心苦しさを覚え瞼を伏せる。
「尾高さん、ごめんなさい」
「何を謝るんだ?」
「あなたとは……深いお付き合いはできません」
新しい恋をすれば、気が紛れて秀介のことを忘れられると思っていた。
確かに会えない状態が続けば、そうすることもできたのだろう。
しかし、秀介は響の前に再び現れた。
しかも、二人きりで話がしたいという。
「行こう、響」
「君、ちょっと!」
秀介に連れていかれる響に、尾高が声をかけるが、響は小さく会釈をするともう振り返らなかった。
ドアを開けて、冬の風が吹きすさぶ外に出る。
響はジーパンのポケットから鍵を取り出しながら、2階への階段を無言で上り、玄関を開けたところで、先に秀介を家の中へと入れた。
それにしても、何を話せばいいのだろう。
秀介に会えたことは嬉しいが、今の自分達の関係は、最後に会った時から変わってしまっている。
否、秀介にその気はなくても、響は終わったつもりでいた。
「これ以上、俺の気持ちをかき乱さないでくれ……」
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