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第8話 『騎士様は焼肉奉行で仰せられる』
ヴォルティは稲妻型の国、バッテイルで畜産業が最も盛んに行われている町だ。街道を歩くと獣臭い、チーズ臭いなどとよく言われるらしいが、店に並ぶ霜降りの肉や王都の貴族御用達の乳製品などは、この町の誇りとされている。
「やべぇ、いい匂いしてきた」
「本当に食い気はあるんだな、お前」
そしてここでしか食べられないとされる名物を扱う店に、二人は訪れた。
「よってらっしゃい!ボルタ・ビーフのまるごとフルコースがなんと2000サフェア!」
店員が声高らかにメニューの紹介をする。それは確かに高級牛肉としては格安なのだが、ランチの金額にしてはかなりリッチ、という値段であった。が、ドラゴミールが反応しない訳がない。
「それ食いたい!」
「おい、ドラミス! ……全く、後でひもじくなっても知らんぞ」
セルギウスは年甲斐もなく欲求を顕にする彼の手を止めようとしたが、やめた。今は景気づけに良いものを食ったほうが良い、彼とそう約束したじゃないか、と考えたのだ。
「かしこまりました!」
朗らかに店員がキッチンへと戻っていくと、じゅうじゅうと隣の席から肉の焼ける匂いがしてきた。
「早く食いたいな」
「いつまで子供みたいなことを言っているんだ、ドラミス」
「童心に帰ったといってくれよな」
ドラゴミールはともかく、麗しい顔立ちをしていたセルギウスの年齢はいまいち分かりにくいかもしれない。しかし、今更言うことなのかどうか分からないが、彼は立派に30を越しているのだ。彼と共に旅しているドラゴミールも、成人をとうに越している。そんな大人げない大人達の前に、紅色で彩られた銀の皿が運ばれる。
「お待ちどうさま!」
二人前とは思えないほどの肉を軽々と持ち上げたウェイトレスが、今度はテーブルの中央にある凹みに設置された網に向かって魔法を詠唱した。赤く光る魔法陣から炎が現れ、網を加熱する。
「炎の操作方法は分かりますか?」
尋ねるウェイトレス。セルギウスは嗚呼、と返事をすると
「もしもの時があったら、私は水属性魔法が使えるから」
とも返した。彼女は頼もしいですねと微笑んだ。
「カッコつけなくてもいーのに」
「火の扱いぐらいできなくてどうする」
茶化すドラゴミールの向こうでわざわざ有難う、と彼は礼をする。それに対し彼女はごゆっくりとお辞儀をして慌ただしいキッチンへと戻っていった。
「うまそう!」
歓喜するドラゴミール。皿には新鮮で質のいい赤身肉や内臓肉が、豪勢に盛られていた。
「ちゃんと焼いて食えよ」
「俺はガキじゃねえっつの」
「さっきと言ってることが違うぞ」
指を上向き三角形の形に振るい、火力を上げるセルギウス。『略式普遍魔法』と呼ばれる炎属性の魔法は、魔力を持つ者なら他人でも簡単に火力を操ることができるのだ。そのため、この世界の生活に根付いていた。嬉々とした表情でトングを使って肉を並べていくドラゴミール。じゅう、と肉汁が溢れ焼ける音がする。香ばしく、旨味のある匂いと煙が二人の間に広がる。
「まだ返さない」
えー、と返す相手も気にせず火力を指で操作しながら調整し、肉の様子を伺うセルギウス。
「今だ」
待ってましたと言わんばかりにドラゴミールが裏返し、油の滴る肉を観察する二人。
「もういいだろ」
「ダメだ、あ、いや、もういいぞ」
「……ほんと拘るな、お前」
呆れ笑うドラゴミール。戦闘時の真剣さが妙に出ていて、肉に夢中なのは果たしてどちらなのか分からなかった。
「はぁー、うめぇ!」
赤さの残る、とろけるような肉を夢中で頬張る彼を見て、セルギウスも表情を柔らかくしていた。
「来てよかったな」
嗚呼、と舌鼓を打ちながら次の肉を焼き始めるドラゴミール。ヴォルティでは、「焼肉を共に焼いたカップルは夜が長い」などというジンクスがあるらしいが、彼らもそうなのであろう。仲良く肉を突付くうちに、銀の皿から大量にあったはずの肉がいつの間にか空になっていた。
「……今晩の宿はこの町でいいか」
「構わねぇぜ、もう取って置くか?」
ドラゴミールはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。どうやらまだ午後というのにヤる気らしい。セルギウスも顔には出さなかったが、そのつもりらしかった。
「その前に、ギルドにでも立ち寄って昼飯代を稼いでおくか」
剣を携えたセルギウスは、町のギルドの場所を店員に訊き、サフェアの束を渡してドラゴミールと共に店を去った。毎度あり、という元気な店員の声が店に響いていた。
ギルドに到着した二人。周りにはガラの悪い屈強な男があちこちに見受けられた。子供がいたら威圧感に泣き出してしまうだろう。奥にいた依頼人にドラゴミールは話しかける。
「何かこの辺りで仕事は」
「んー、いっぱいあるけど。……あんちゃん仕事デキそうな顔してるからねえ」
依頼人は髭をぴんと引っ張ると、彼に話を続けた。
「町のはずれにある墓地の、アンデッドを退治してほしい。最近数が多くて被害が出てきているみたいでね」
報酬の金額を確認し、いいぜとドラゴミールが二つ返事で承諾しようとした時だ。
「おいまて小僧、それはオレが取りたかった仕事だ」
腕に刺青を入れた筋骨たくましいスキンヘッドの男が、彼らの方に迫ってきた。
「わりぃね、先着順で」
それを気にもしないドラゴミール。
「この、調子に乗りやがって……!」
眉間に皺を寄せた男が、彼の胸ぐらを掴んだ。周りが騒然とする中、動じない彼。
「何のつもりだ」
「……どこのモンだ、見ねえ刺青だな。」
男は目の下にあった緑の紋章に注目した。ドラゴミールはけっ、と興味なさそうに男の醜い顔を見ていた。
「お前みたいなゴロツキに名乗る気もない」
そういえばあのローブのガキも同じことを言ってたな、と自嘲しながら彼は言い放つ。それを察せるはずもなく、相手は舐めきった態度のドラゴミールを睨む。
「小僧、やる気かァ!」
そして手を離し、男は彼に向かって殴りかかろうとした。
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