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第9話 ショウ・ダウン

男に突如降り掛かった裏拳。命中し、スキンヘッドの動きが止まる。 「私の女に手を出すな」 見るとそれは、長い白手袋をしたセルギウスのものであった。 「女……?」 怪訝な顔をする男に、容赦なく二発目が送られた。 「畜生! 卑怯だぞ」 理不尽さに切れた男が今度はセルギウスに向かって拳を振るうと、彼は相手の肩を左手で止めた。それど同時に右手をスキンヘッドの下顎に命中させる。速い。 「いきなり人に殴りかかる人間に卑怯と言われる筋合いはない」 利き手を後ろに、拳法の構えを取ったセルギウス。剣を持たずとも闘う技術を彼は持っていた。 「野郎!」 右手の人差し指で、招くポーズを取った彼。挑発だ。怒りに我を忘れた相手の蹴りのモーションを見逃すことはなかった。かわすと同時に脹脛(ふくらはぎ)太腿当て(キュイス)の金属をめり込ませる。痛みに声を上げるスキンヘッド。ガラの悪い外野は二人に注目していた。騒ぎ出したり、口笛で称賛を表す者もいた。そのような中で、なんとか絡みから抜け出したドラゴミールはセルギウスに忠告した。 「部屋をぶっ壊すなよ」 部屋の主でもあった依頼者が顔に手を当てて悩んでいたのを見て、せめて慰めてやろうと彼は言ったようであった。 「おいお前らぼさっと立ってるんじゃねえ!手伝え!」 しかし喧騒の規模は大きくなっていく。スキンヘッドの下っ端たちが、セルギウスに襲いかかろうとしたのだ。 「ドラミス、手伝え」 えー、と不服そうなドラゴミール。俺は腕っぷしに自信がないと(のたま)いながらも、部屋の奥にあったモップを手に取った。にや、とそれを見たセルギウスの口角が上がる。くるくると回転させて構えを取り、手応えを確認した。 「こういうのは俺の管轄外なんだけど」 おらぁ、と野郎どもが寄ってたかって襲い来る。それをかわしながら、肘打ちや回し蹴りで応戦するセルギウス。一方ドラゴミールは棒を振り回し間合いを取ってから、リーチの長くなった『腕』を振るいゴロツキを倒していった。セルギウスの脚部の鎧で相手の身体が傷ついたのか、部屋の壁に血が飛び散った。弁償しろと叫ぶ依頼主の声は果たして聞こえていただろうか。ドラゴミールは棒高跳びの要領で敵を飛び越え、冒険者のボウガンを借りる。短い矢が彼の手の中に入ると、それらが緑色の光を帯びた。素早く装着し、照準をゴロツキ共に合わせる。 「動くなよ」 脅しをかける彼のグリーンの瞳が、ぎらりと輝く。ざわつく場内、外野の男が一人、声を上げる。 「お、おい! 『燐光』じゃねえか!」 それまで剣も弓も使わなかったためか、誰も彼らの正体が掴めなかったのだ。大層な肩書きで名が知られていても、顔を知っている者は少なかった。 「そうだ。誰に喧嘩売ってると思っていた?」 「……くそ、覚えてろ! お前ら、撤収だ!」 顔から血を流していたスキンヘッドは、勝ち目がないと感じたのか舌打ちをするとギルドから同胞を連れて逃げていった。安堵したのもつかの間、 「ったく! 俺の屋敷で騒ぎやがって! ダメダメさっきの依頼の報酬はナシ!」 「おい、マジで言ってんのか髭!」 依頼主が声を荒げて彼らも追い出した。不服そうなドラゴミールと、闘争心を満たしたのか満更でもない顔をしていたセルギウスがギルドの入り口に立っている。 「仕方ないな、今晩は安宿だ」 「クソ! お前が余計なことするからだ……!」 彼は正論で突っかかろうとした相手の下顎を掴み、自分と目線を合わせるように上へと傾ける。 「悪いな。」 不敵な笑みを浮かべるセルギウスに、悪態をつくドラゴミール。 「悪く思ってるのかよ、クソ野郎」 「嗚呼、思っている。お詫びにキスの一つでもしてやろうか」 馬鹿じゃねえの、合わせた唇の後に鼻で笑う彼。しかし、 「む、謝罪が足りないか」 「当たり前だろーが。もっと俺に詫びろ」 尻を撫でられても動じずに返した、彼の言葉の意味を察せないセルギウスではなかった。 「分かった。……責任は取ろう」 含みを持たせて囁く彼。狂おしいほどお互いを求めている情欲を隠せるほど、彼らは大人ではない。

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