9 / 11

睦月2-2

 言いつけを破って振り向いてしまったせいで、怒った睦月は寝室に逃げてしまった。 「ごめんって、睦月、出てきて?」  ドア越しに形ばかりの謝罪を繰り返しても、緩んだ口元は戻らない。  この向こう、彼の逃げ込んだ寝室で、もう何回抱き合ったろう。お互い身体の隅々まで知っているのに、服を脱ぐ途中を見られたのが恥ずかしいだなんて、あまりに初心で可愛いではないか。  カチャリ、静かに開いたドアの隙間から、暗がりが見える。 「睦月?」  ドアに手を添えて大きく開くと、エプロン姿の睦月がもじもじと俯きながら立っている。少しばかり臍を曲げても求めに応じてくれる危うい従順さが、彼の恋人をこうやって増長させているのだと気づいているだろうか? 「出といで」  軽く手を引くと、白い素足が一歩踏み出し、明かりの下に絶景が広がった。  彼の私物の、浅い水色のエプロン。腿の半分ほどの丈の裾から、今は剥き出しのしなやかな脚が伸びている。ほどよく引き締まった両肩、そこから滑らかに続く腕も素肌。 「へん、でしょ」  か細く言う彼の姿は、つまるところ、裸エプロンというやつだ。  幹人ははっと我に返り、睦月の髪を撫でた。 「ごめん、見惚れてた」 「嘘ばっかり」 「ほんと。きれいだし、やらしい」 「……やらしいのは幹人さんだよ」 「まあね」  年若い恋人にこんな恰好をさせて喜んでいるのだ、言い逃れのしようもない。 「こっちにおいで」  さらに手を引くと、睦月はやはりもじもじと恥ずかしそうにしていたが、大人しくエスコートを受ける。 「はい、そっち向いて……手、ついて」  シンクの前に立たせ、縁に手をつかせて後ろを向かせる。うなじから足首まで、細い紐のかかるだけの、見事な裸体がさらけ出された。 「……やらしいなぁ、睦月」  感じ入って呟くと、彼の頬が染まり、むくれるのがわかる。 「ねえ、今の、スケベオヤジみたいだった」 「みたい、っていうか、実際そうだよ」  堪らずに背中から抱きしめると、心細かったのだろう、ぎゅっと縋るように幹人の腕にしがみつくのだから、いったいどこまで自分を駄目にするのだろうと愛おしさが込み上げた。 「睦月……」  恋人の名前の響きを口の中で味わいながら、エプロンの胸元に手を潜らせる。ちらちらと隙間から見え隠れしては、幹人を誘っていた両胸の小さな突起を探る。 「……ん」  ぴくりと身じろぎし、睦月が鼻息で喘ぐ。指で摘み、潰せば、押し返すほどぷっくりと勃ち上がる。不思議な体質の恋人は時々ここから乳を滴らせることがあり、そのたび夢中で吸いつくのだが、そうして舐め尽くしてもなお誰にも触れられたことのないような美しい色でいるのが、彼そのもののような純潔さだと思う。 「……ん、みきと、さん」  睦月は次第に仰け反り、後ろ頭を幹人の肩に預け、髪をくちゃくちゃに押しつけるように小さく首を振りながら、感じた声を出す。 「……んっ、も、痛い」  この時の痛いが、言葉通りでないことは知っている。 「やめる?」 「やっ……」  エプロンの上から幹人の手を掴んで、睦月がすすり泣くように喘いだ。  ゆる、ゆる、どちらともなく腰が揺れ始める。剥き出しの、こんもりと柔らかい睦月の尻に自分の強張った股間を擦りつければ、それだけで、じん、と快感が走る。前に手を回すと、若い雄はすっかりエプロンを持ち上げるほどで、無意識だろうが収納の取っ手あたりへ懸命に擦りつけているのが――たまらなく淫らだった。  うっすら上気したうなじへ唇を押し当て、きつく吸う。 「あ……だめ……」  痕がつくようなキスを、見えるところへはしないのが暗黙の約束だった。もがいた睦月が腕の中で反転し、幹人の首に抱きつく。 「くち……して」  睫毛と睫毛が絡み合いそうなほど間近から、熱く湿った息がかかる。芒洋と潤んだ瞳に吸い込まれそうだ。すぐに唇が重なり、舌が絡み、夢中で唾液を啜り合う。滑らかな背中を撫で、尻たぶを揉み、真ん中の溝へ指を滑らせる。 「……だめ」 「だめばっかだな」 「汚いよ」 「構わない」 「や……シャワー、したい」  顔を真っ赤にして抗っても、幹人を煽るばかりで逆効果だというのに。擦りつけ合ううちに睦月のエプロンには先走りが染みているが、状態はおそらく自分も似たようなものだ。 「わかった。じゃあ、一緒に風呂入ろっか」  じっと幹人を見る睦月の目の縁から、羞恥なのか生理なのか、涙が溢れた。  熱めに設定したシャワーを出すと、風呂場は徐々に白く曇っていく。 「ねえ……脱いじゃだめ?」 「だめ。熱くない?」 「ん、へいき……」  バスタブの縁に座らせた睦月にシャワーをかければ、みるみるエプロンが肌に貼りついていく。乳首の輪郭、股座の勃起がくっきりと浮かび上がり、幹人の視線に気づかないわけもない睦月は、 「……もう」  軽くこちらをねめつけて、濡れたエプロンを引っ張った。  その目つきが、仕草が、射精感に直結するたぐいの快感を誘うのだから、我ながら度し難い。臍下が疼き、欲望が膨らむのがわかる。  一つしかないスポンジにたっぷりボディソープを泡立てて、お互いの身体を代わる代わる洗いあう。睦月は背中を撫でられてくすぐったそうに笑い、尻の間を洗われて感じたように眉を寄せ、幹人の茂みを恥ずかしそうに両手で泡立てた。シャワーでざっと流し、湿った睦月の髪を指で梳く。 「……ここで抱いてもいい?」 「…………うん」  少しはにかんだように持ち上がった口角に、ゆっくりとキスをする。  バスタブに栓をして、冷えないようにシャワーを降らせると、自ら壁に手をついた睦月の泡の残った尻たぶの隙間に指を入れる。 「あ……ぁ……」  指一本すら窮屈なここはしかし、丹念に均せば幹人をすっぽりと飲み込んでしまう。ジェルを継ぎ足し、中指と薬指でじゅうぶん広げて、快い場所をくすぐる。 「ここ、わかる?」 「……んっ」  きゅん、と睦月の中がすぼまる。指を抜いて尻たぶを左右に開くと、赤く熟れた色の入口がむずむずとうごめいている。生殖と関わりのないこの場所が、こんなにも扇情的で、こんなにも自分を興奮させる。 「幹人さん……も、じらさ、ないで」  言葉で、身体で、睦月が求めてくる。ずっと、どこか、女の身体をグロテスクに感じていた。それでも彼女たちとの恋愛が当たり前だったし、大事だったし、セックス自体は気持ち良かった。そしてそれらすべてが上辺だった。人生のずいぶんの時間をかけて過ち続けたが、その過ちを知ってこそ、迷わずじゅうぶんに彼を愛してやれるのだから、出会えたのが今で良かったのだと思う。  腹まで反り返った自分に手を添えて、睦月にあてがう。 「痛かったら言えよ」 「へいき、だから、ね、来て――あっ、あ……ん……」  しなる腰を掴み、分け入る。  ひどく熱く、蕩けるように柔らかく、そのくせきつく締め付けてくる。  最奥まで潜り、一息に退いて打ち付ける。パシャッと水しぶきが上がり、あっ、と、あえかに睦月がしゃくり上げる。滑らかな背中に一度口付け、幹人は睦月の中の途方もない快楽を追いかけた。 「睦月……っ」  夢中で腰を振り、耳に、うなじに、肩に、しゃぶりつく。 「あっ、んっ、んっ、んぅっ……」  膝をわななかせて喘ぐ睦月を抱き、支えながらも穿つのを止められない。 「睦月、いい?」 「んっ、いっ、いい、みきと、さん、も?」 「いいよ、すごく」  激しく上下する胸を撫で、重く濡れた生地の上から硬く勃起した睦月を握る。 「あ、ね、さわって」  睦月はじれったそうにエプロンをむしり取り、幹人の手をそこへ導く。軽く扱けばきゅっと幹人を締め付け、前と後ろを同時に愛された若く瑞々しい睦月の身体は、魚のようにくねり、跳ね続けた。  膝まで溜まった湯の中へ、睦月の吐き出した精が落ちる。  水害のあとのような浴室で、のぼせた身体どうしを重ねて息が収まるのを待つ。  今さらになってコンロの鍋が心配になるが、しっかり者の恋人はタイマーをかけてあるから平気と笑った。おっとりしているようで、そういう周到さもあるから感心してしまう。  洗面所のドアの奥では、ゴウンゴウンと洗濯機が回っている。  洗濯しているのは、二人分の衣服と睦月のエプロンだ。  睦月のカレーはうまかった。  魚住家の定番は豚肉らしく、久しぶりのポークカレーに感動すらした。大きく切ったにんじんとじゃがいもが、煮崩れずにごろりと入っているのもいい。  付け合わせはキャベツとコーンのコールスローで、手作りできることにまず驚き、これにも舌鼓を打った。デザートにとりんごまで剥く心配りに、この世に自分ほどの果報者がほかにいるだろうかと、ごく正気のまま思う。 「睦月」 「なに?」 「好きだよ」  最後のひとかけのりんごを剥く睦月の、頬から耳朶に、またのぼせたような淡いピンク色が差す。  伏せた目を上げて、戻して、また上げて。睦月は唇をきゅっと引き締めて、静かに笑った。

ともだちにシェアしよう!