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第3話
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ゲルニアに抱かれたまま、馬車を降りる。その頃にはもう、リツは寒さを感じなくなっていた。吐く息が空気を白くする。下半身に渦巻く熱をどうにかやり過ごそうと、知らぬ間にゲルニアに強くしがみついていた。
(もう少し)
ゲルニアが歩く度、階段を登る度、振動が外套の固い布を揺らす。それが、リツの中心を何度も掠めた。直接的なその刺激に、ビクビクと背中が跳ねる。
リツは罪悪感を感じていた。
(触っちゃいけないのに)
自分の手で、自分の意思で行っていることではないが、無機質なその刺激を気持ちよく思ってしまっていることは事実だ。
リツは、とにもかくにも、ゲルニアがどこかに降ろしてくれることを願った。そうすれば、この状態から解放される。
(もう少し)
やがて、扉が開けられ、そして閉まる音がした。いつのまにか室内に入っていたらしい。数歩歩いた先にある窓際に置かれた寝台に、ゆっくり降ろされる。
「平気か?」
リツはその問いかけに、小刻みに数回頷いた。もはや、頭はまともな思考が辿れなくなっていた。全身が沸騰してしまうかのように熱い。震えが止まらない。手が、快楽を追い求めるままに動いてしまいそうで怖い。
「ゲ、ルニア、様」
声を出したせいでギースに殴られたばかりだというのに、そのことも今や考えられない。
「ゲルニア、様、ぁ」
リツは、残された理性を総動員して、ゲルニアが渡してくれた外套を脱いだ。汚さないようにするためだ。次いで、床に落ちるようにして移動したのも同じ理由だ。
寝台の隅に座り、目を瞬かせるゲルニアの前に、両手首を揃えて差し出す。
(早く)
前に触れてしまいたい。けれど、それはできない。やってはいけない。
「し、ばって」
汗が涙が唾液が、ぽたぽたと落ち、絨毯の色を変える。怒られるだろうか、仕置きされるだろうか、怖いと思う。まずいと思う。けれど、それより前に、早く、この熱さに身を任せてしまいたかった。
「しばる……縛ってほしいのか?」
リツは夢中で頷いた。
できることなら、両手首を縛り上げどこかに繋いでほしかった。けれど、今はそれを説明できるほどの余裕はない。
とにもかくにも、手だけでも抑制してほしかった。
ゲルニアは周囲を見回した後、寝台に残された外套に目を止めた。腰の部分に通されていた皮の、平べったく長さのある固定紐を抜く。
床に跪き、差し出されたリツの両手首を、きつく結んだ。
「これでいいか」
リツは、自由にならない手首を見、ほっと息を吐いた。それと同時に身体の力が抜ける。絨毯の上に倒れた。それから、背を丸くする。後はもう好きなだけこの熱さに耐えればいい。そうすればいずれかには、あの瞬間が来て、意識を失える。
「は、はぁ、あ、う、はぁ」
声を、出したい。我慢したくない。
けれど、ゲルニアの気配がリツの傍から消えない。不思議に思い、うつろな目で姿を追う。ゲルニアの瞳は、ただただまっすぐリツを見下ろしていた。
「あ、は、ぁ、んん」
ようやくゲルニアが立ち上がった。それに安心したのもつかの間、ゲルニアは、寝台の傍らに置かれていた化粧台の前にあった椅子を、わざわざリツの前に置き、そこに腰を下ろした。
(な、に)
そんな疑問符も、段々と濃くなる快楽の気配にすぐに消えていく。
「あ、や、見ない、で、や、ああぅ」
苦しい。
ゲルニアの冷ややかな視線が、突き刺さるように痛い。今更ながら、頬が熱くなる。理性が失えず、つらい。内ももが擦り合わせながら、薄い腹を振るわせながら、時折胸を掠める絨毯の毛並みにもだえながら、快楽を追う自分の姿を、今、冷静な目が見ている。あのきれいな瞳が見ている。
チカチカと、頭の奥が瞬く。
(来る。あれが来る)
いつもよりずっと早いその瞬間に戸惑いつつ、リツは大きく背をしならせた。声にならない声が長く細く喉から響いた。
それでも、なお快楽の波は収まらない。
「ひっく、ぁあ」
つらくてつらくて涙が溢れる。
触りたい。前に触れてみたい。ここに来るまでに与えられた、あの外套の感触がどうしても、頭から消えず、何度も思い返してしまう。
外套の固い素材、リツの芯の先を擦ってくれた、ゲルニアの力強い腕が、あの青が、結んでくれた、紐が、触れた肌が。
「んん、ぁ――っ」
また、身体がけいれんする。
リツは荒い息を何度も繰り返しながら、次から次へとくる波へと身を任せるしかなかった。
(何も、考えたくない。のに、見ないで、嫌だ、どうして、気持ちいい、ゲルニア様)
ゲルニアは、組んだ足の上で頬杖をつき、黙ってその様子を眺めていた。
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