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第4話

** 4 **   「何してるんですか、タイチョーさん」    ひょこと扉から顔を出したのは、赤髪の小柄な少年だった。頭の位置がゲルニアの腰程までしかない。長い尾は左右に揺れ、大きな三角の耳はピンと天井に向かって立っている。興味津々といった様子だ。  ゲルニアは声の主の方は振り返らず、体勢を変えないまま答えた。 「リシェか。別に……縛って、見ている」 「うわぁ、ひきますね。タイチョーさんにそんな性癖があったなんて。僕、どん引きです」  言葉とは裏腹にリシェと呼ばれたナゴ族の表情は、特に変わらない。扉を閉め、ゲルニアの傍らに立った。  リツの床で悶える姿をしげしげと眺める。 「――発情期を迎えているようですね」 「そうだな。彼のいた店の主もそう言っていた。お前達はこうやって、発情期を過ごすものなのか」 「まさか。薬を飲んだり、ご主人様に致してもらったりしているはずですよ。自分で処理することもありますが、まぁ、あまりないですね」  「そういうこと目的のお客さんが多いので」と、リシェは応じる。 「ナゴ族の、特に僕達みたいに売りに出されている型は、愛玩目的用ですからね。基本的にはある程度外見が整っていて、それから、生産元や売り場の店主なんかによって元々性感が高められていることが多いんです。だから、発情期なんてもう、飼い主からしたら催し物のひとつでしょう」  2人の視線を受けながら、リツがまた、大きく身体を振るわせた。尾も耳も内側に伏せられ、息は荒い。そうして気をやった後も、ひっきりなしに喘ぐ声があがっている。  リシェはなおも平坦な声で続ける。 「あの子、中古品だって言ってましたよね? 生産元がここまで偏った型をつくるとは思えないので、前の主か、店主によって調教されたんでしょうね。あまりいい趣味とは言えませんが、よく仕上がっていると思います」 「調教か。それは、この甘い香りもか?」 「個体差はありますが、僕達には多い体質です。生産元の投薬によるものでしょう。ちなみに僕の精液は甘いですよ」 「そうなのか」  ゲルニアは、リツの姿をじっと見つめる。  自分と同じ銀色の髪は長く、今は、絨毯の上に広がり絡まり、額に張り付きと乱れている。大きく、少しつり上がった目の色は赤味がかった薄い茶色のようだ。虚ろで涙で揺れている。痩せ、傷の残る身体を丸め、逸らせ、振るわせ、快楽を貪っている。  とはいえ、肝心の前には触れない。体動の折りに絨毯の毛並みが触れたときでさえ、一瞬我に返り、「ごめんなさい」と繰り返す。そうして、体勢を整えた後、また波に飲まれていく。  徹底して前には触れない気らしい。  白い肌を真っ赤にして、発情期という時期のもたらす快楽の火種だけで、直接的な刺激を与えられないまま、それでも、必死に芯から蜜を垂らす姿は、健気であり愚かであり扇情的でもあった。   「あ、っ、ああ、ゲルニア、様、あ、見……で」  誘われているのだろうか? この方法で主を誘うように言われていたのだろうか、だとすれば乗らない方が悪いのではないだろうか。  そうゲルニア自身の理性も揺らぐ。  前に触れてあげたい。あの薄く淡い桃色をした胸飾りを虐めてやりたい。そうすれば、あれほどまでの困難を経て蜜を出す必要もないだろうに。    「ねぇタイチョーさん、あれ、『見ないで』って言ってるんじゃないですかね」 「そうか?」 「欲望のせいで、聞こえてくる言葉、ひん曲がってません?」 「ははは」  ゲルニアは喉だけで笑ってみせた。リシェは溜息を吐く。 「珍しいですね」  家柄もよく外見もよく外面もいいゲルニアは、よくモテるのだそうだ。しかし、いざ交際が始まっても、長くは続かないし、自分から求めるといったこともしないと聞く。  だから、人としての情も、男としての欲も薄い奴だと、リシェはずっと思っていた。  それが今、自分の意思で、リツの痴態を見たいと考えているようだ。   「あーーっ」  また、甘い香りが部屋に充満する。  ナゴ族の発情期は個人差こそあれ、継続する時間は半日程と短い。ただし、その分、間隔の開きもそれほどない。  リシェはリツのことを気の毒に思った。  どういうしつけをされたにしろ、毎回の発情期をこういうふうに過ごしてきたんだとしたら、そう想像するだけで、血の気が引く。  リシェにとって、発情期とは気持ちが良いばかりの、主と過ごす最高に幸せな時間だ。   「ひっく、ゃ、も、ぁ」  不意にゲルニアが立ち上がった。  リシェが止める間もなく、リツに触れる。それだけで、リツは大きく身体を跳ね上げさせた。驚いた。 「触れただけで、イけるんですね、その子」 「慣れていないんだろうな」 「じゃあ、その手の動き、やめてあげたらどうですか。狂いますよ」  ゲルニアは、リツの首筋を流れる汗を拭っただけだった。  それだけで、リツは大きくのけぞり、色素の薄いその中心から熱を吐き出したのだ。今や、息も絶え絶えの様子だ。完全にトんでしまったらしい。  ゲルニアはゆっくり立ち上がった。   「タイチョーさん。今回は彼の慣れた方法で発情期を済また方がいいと思いますよ。一晩もすれば収まります。つらいでしょうけど、仕方ないです」 「ああ」 「僕はもう寝ます。けど、僕がいないからって、手は出さないで下さいね」 「ああ」 「絶対ですよ」 「ああ」 「絶対」 「ああ」 「ここに戻りましょう」 「はい」  ゲルニアは、リシェに促され、再び椅子に腰を下ろした。  リツは先ほどの刺激ともいえない刺激に、意識を失っているようだ。しかし、その中心はまだ萎えてはいない。  リシェはゲルニアをひと睨みした後、部屋を出ていった。  扉が閉まると同時に、夜らしい静寂が戻る。  ゲルニアは、リツに触れた掌を見下ろし首を傾げる。  もっと触れたい。虐めたい、泣かせたいなどと思ったことは初めてだった。そもそも、店内でリツを見つけてからずっと自分はおかしい。  仮にも上司であるギースにあんな態度をとってまで彼を手に入れたのは不可解だ。 (同情か)    いや、自分にそこまでの正義感はない。そうすぐに却下する。 (じゃあ)  ピクと、リツの足の指先が動いた。また、波が襲ってきたらしい。声があがりはじめる。  日が昇るまで、まだ時間は長く残っている。  

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