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第6話
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(キラキラ。目、青の中、光っている)
パキと、薪が燃え割れる音がした。外はまだ静かで、鳥たちの鳴く声がハッキリ聞こえる程だ。
涙が、リツの下睫から頬へと落ちる。それを、ゲルニアが舐めとった。「甘い、か?」と、1人首を傾げている。
リツはといえば、顔を赤くして、目を見開き固まっていた。
驚いていた。
頭を撫でられた。謝られた。唇で触れられた。どれも、ゲルニアは簡単にやってくれた。全部、リツが長年与えられなかったものだった。
ひとつひとつをしっかり噛みしめ味わいたいのに、ゲルニアはそれを許してくれない。なおも、頭を撫でてくれる。ごく至近距離で目を合わせてくれる。
(お、こっていない。触ってくれている)
耳の付け根の後ろ側を指で弄ばれ、鳥肌が立つ。気持ちが良い。なんだか首の周りがこそばゆくなる。ぎゅうと目をつむり肩をすくめ、声を堪えた。
「水、苦手なんだってね。知らなくて。お湯かぶったから、火傷になっちゃいけないと思って。そればっかり」
火傷とかどうでもいい。どうしよう。嬉しくて、どうにかなってしまいそうだ。リツは、次々と与えられる慣れない刺激に混乱していた。
瞬きさえ忘れ、ただただじっと、ゲルニアの方を見つめる。
「どうしたの、声、出せるんだろう? 怒ってるのか?」
怒ってなんかいるわけがない。
リツは慌てて、首を横に振った。声を出していいのか迷う。いつの間にか、握りっぱなしになっていた拳は解けていた。のど元に触れ、上目遣いでゲルニアを見る。
いいのだろうか。殴ったりされないだろうか。不快に思われないだろうか。
「――ゲルニア、様」
出してしまった。
反応が怖くて、思わず自分の腿の方、氷の方へ視線を落とす。
「ご、めんなさい。布団、と、服、汚して。ごめんなさい」
「は、いや別に。洗えば済むことだし」
「ごめんなさい」
「怒ってないよ」
恐る恐る、顔を上げる。ゲルニアは、特に表情を曇らせることなく、リツの方を見てくれていた。
「声、変、じゃないですか」
「はは、今更。昨日散々聞かせてもらったし。むしろ、今日は少し枯れてて色っぽい」
『昨日』という単語に引っ張られ、記憶が呼び起こされる。自分の手首の周囲が赤くなっていることにも気がつく。
(買ってもらったばかりのご主人様相手に、僕は、何を)
覚えている。
縛ってくれとお願いをしたこと、全部見られていたこと、いつものように襲ってきた快楽の波にまるで集中できなくて、つらかった。
どうして、傍を離れていかなかったのだろうか。見ていて楽しいものではなかったはずだ。
「あれは、発情期? 次はいつ?」
リツは頷いた後、首を横に振った。
どれくらいの周期でそれが来るのか数えたこともなく、知ろうともしてこなかった。ゲルニアは、質問に答えられないリツを怒鳴ることもなく、ただ「ふぅん」と頷いただけだった。
沈黙が続いた。リツの目線は、段々と床の方へとズレていく。もしかしたら、ブズなら周期を知っていたかもしれない。聞いておけばよかったと後悔が沸いてくる。
氷が冷たかった。
「名前、決めないとね」
垂れていた耳がひょこと立ち上がる。
「君の名前」
「リ、リツです」
ゲルニアは、目を数度瞬かせた。リツはもう一度自分の名前を伝えた。
「――それは、誰がつけてくれた名前なの?」
「一番初めの、ご主人様が、くれました」
にこやかに微笑むゲルニアに励まされ、リツはやや前のめり気味に言った。
『リツ』という名前を手放したくなかった。
ふとゲルニアの顔から笑みが消えた。そこに残るのは冷たい美貌だけだ。手が離れていく。立ち上がったゲルニアは、頭を抱え、長い溜息を吐いた。
「何となく、君が捨てられる理由がわかった」
(え)
「店主から聞いた。売れたのはギース様や俺が初めてというわけではないのだろう」
そうだ。買われて、その度に捨てられて、店に戻っていた。
リツは強く唇を噛みしめ俯いた。ゲルニアの声音が先ほどまでとはまるで違うことに気がついていた。
捨てられる。また捨てられる。あんなに優しく触れてくれた人から、捨てられる。視界が暗くなっていく。震えが止まらない。
不意に扉が叩かれた。
「タイチョーさん、お医者さんまで呼んだんですか? いらっしゃいましたよ。何かあったんですか?」
現れたのは、赤い毛並みのナゴ族だった。リツより頭2つ分は小さい。肩のあたりで切りそろえられた髪はまっすぐで、動く度にサラサラと揺れている。
その姿に、リツは肩の力が抜けるのを感じた。
(なんだ)
落胆すると同時に安堵する。納得した。
ゲルニアには、別のナゴ族がいたんだ。思えば、店にも捜しに来ていたじゃないか。これじゃあ、捨てられるのも仕方がない。
「タイチョーさん?」
「リシェ、彼の火傷を見てもらってくれ。後は任せた」
「え、ちょ、」
「出てくる」
リシェが引き留める間もなく、ゲルニアは部屋から出て行ってしまった。
「何、あいつ。あんな顔して……」
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