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第10話
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(こういうものを食べるのは初めてだったんだろうか)
使用人によって用意されていたのは、蒸かした芋や、形が無くなるまで煮込まれた野菜のスープだった。
勧めてみると、はじめこそ、戸惑いを見せたが、不器用に匙を握り、口に入れた。その瞬間、大きな目をますます大きく見開いた。耳と尾がピンと立ち上がり、かすかに左右に揺れる。
(気に入ったんだろうか)
この痩身だ。これまでどういう食生活を送ってきたのか、想像はできるが、想像をしたいものではない。
リツは何度も、ゲルニアの方を見ては、次の一口の許可を待つ。もっとガツガツいってもらいたいものだが、その度に頷いてやった。そうすると、安心できるようだった。
「美味しい?」
隣に座ったまま尋ねれば、頬を赤くし、小さく頷いた。
自分が頼んだわけでも、作ったわけでもないが、ゲルニアはその様子に大いに満足した。リツは皿の中身を半分ほどまで減らすと、手を止めた。匙を置き、首を横に振る。
「もういいのか?」と尋ねれば、目線を彷徨わせた後、頷かれた。
急に多くはまだ食べられないのかもしれない。もう少し食べているところを見ていたかったゲルニアとしては残念に思うが、無理はさせられない。
ゲルニアは、皿を受け取り台の方に戻した。
「足は痛くないか?」
部屋に入ったときは、その状態には驚いたが、リシェと医師はきちんと、リツの手当を済ませたらしい。太腿には包帯が巻かれていた。床には、軟膏の容器も転がっている。氷は暖炉のそばに投げ出されていたせいで早々に溶けてしまったようで、濡れた手ぬぐいだけが残されていた。
リツは、戸惑ったように目線を彷徨わせていたが、ゲルニアに太腿を指され、大きく頷いた。
「よかった」
それにしても、目の毒だ。ゲルニアは、まじまじとリツの肢体を眺める。ひとまず、自分の羽織っていたものを肩からかけてやり、膝にも掛け物をしてやってはいるが、ほぼほぼ裸だ。
昨晩の様子とは打って変わり、眉尻を下げこちらを見上げる姿は無垢そのもので。その食い違いが、ゲルニアを煽る。
溜まらず、左手で顔を覆った。
「服を」
右手で、寝台の上に置いておいた紙袋を引き寄せる。
「買ってきたんだ」
中をまさぐり、布地を捕まえた。左に座るリツの方へ突き出す。2着とも、頭から被ればそれで済む型の衣服で、おそらくは膝を隠すぐらいの丈になるだろうと踏んでいる。下着などもひと揃い用意してもらった。
「着てみてくれないか。穴から頭を通すだけでいい」
ふと手の内が軽くなった。受け取ってもらえたらしい。寝台から重みが消える。立ち上がり、着替えてくれているようだと察しが付いた。
物音がしなくなってから、ゆっくり目を開ける。
どうしたらいいのかわからないといった様子でリツが立ち尽くしていた。
「か」と、思わず出てしまいそうになった言葉を、生唾とともに飲む込む。引かれてしまう。
(可愛い)
店員と相談しながら選んだ生成色はよくリツに似合っていた。裾のあたりが、赤や緑、黄色など歪な丸型で染められており、そこから控えめな華やかさが香っていた。
白い肌とも、長い銀の髪とも、ぴたりときている。
几帳面に畳まれたゲルニアの上衣、それから、選んできたもう1着と下着を両手で持っていた。
「下着は?」
元よりつけない主義なのだろうか。それとも気に入られなかったのだろうか。リツは一度口を開いたが、また閉じ、俯いてしまった。
ゲルニアは、リツの持っていた衣服を受け取り、寝台の上に置いた。そうして自分は、再び座り、改めて、頭からつまさきまでリツの立ち姿を堪能する。
長い尾が足と足の間で縮こまり震えていた。動物と縁がないゲルニアにだってわかる。怯えられている。
「どうした? 話していいよ」
赤みがかった茶の瞳が、涙で揺れていることにようやく気がついた。
「あ、こ、こういうの、着たこと、なくて。あ、あってるか、わからない、です」
発した声と同時についには涙が零れた。
それが、服に落ち色を変える様子に、あたふたと手で裾を掴むやら、目をこするやら、青ざめている。
それに、ゲルニアの方が慌てた。両手首を掴み、やめさせる。
「ご、めんなさい。服、」
「これは、着てもらいたくて。リツにあげたものだから、気にしなくていい。着方も合っている。よく似合っている」
捨てるつもりはない、よろしくなどと言っても、まだ実感がないのか、それとも、見ていた夢を引きずっているからなのか、どうも情緒不安定なようだ。
また、唸るようにして泣き始めてしまった。
ゲルニアはリツの身体を引き寄せ、背側に手を回した。弱くそこを叩いてやる。そうすると、唸りがとまった。代わりにひっくと嗚咽が聞こえてくる。
一般的なその泣き方に、ほっとした。
「まだ疲れているんだろう。ほら、落ち着いて。もう少し、眠るといい」
やがて、嗚咽も聞こえなくなった。尾がだらんと下に垂れている。規則的な寝息も聞こえてきた。
ゲルニアは安堵し、リツの身体を静かに寝台に横たえた。さて、休日とはいえ、朝起き出してから何の活動もしていないのはいかがなものか。リツが眠っている間に、書類の整備や、ナゴ族についての知識を得ておかないと、また今朝のような失敗をしてしまいそうだ。
そう考え、身体を起こす。が、
(お)
リツの手が、ゲルニアの服の裾をしっかりと掴んでいた。
「か」
可愛いと、声に出してしまいそうになるのを、また飲む込む。起こしてしまう。
ゲルニアは頭の中で立て始めた今日の予定を全て破棄した。リツの隣に身を沈め、目を閉じる。
眠れそうにはなかった。
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