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第11話

** 11 **  薄く目を開ける。胸の方に引き寄せていたリツが小さく動き出した。耳が何かを振り払うようにピョコピョコと上下に揺れている。やがて、覚醒したようで、顔が持ち上がった。もう少しリツの寝起きの様子を観察したくなったゲルニアは、静かに目を閉じる。  ビクッと腕の下の身体が跳ねた。何かに、恐らくはこの状態に、驚いたらしい。  それから、寝ている間中、握りっぱなしだった掌が解かれる。数秒の静寂の後、慎重な動きで、ゲルニアの腕から脱出し、寝台から降りた。気配が離れていくのを感じ、また細く目を開ける。  もうすっかり外は暗くなっていた、灯りがともった部屋が、窓硝子に反射し映っている。  リツはその場でくるくると回って見せた。風を孕んだ衣服の裾が広がる。それからようやく窓硝子の存在に気がついたらしく、顔を赤くし動きを止めた。 (本当に気に入ってもらえたらしい)    ゲルニアは、自分と店員のセンスを褒めた。  ふとまた静かになった。  ゲルニアの背中側まで歩いてしまったようで姿が見えない。しばらく待っていたが、戻ってくる様子もない。ゲルニアは、寝返りをうつ振りをして、仰向けになった。  リツが、部屋の隅で膝を抱えていた。 (なんでまた)  部屋の中を温めているとはいえ、窓際では冷気が寄せてくるはずだ。仕方なく、ゲルニアは身体を起こし、寝台から降りた。その音に、リツが素早く顔を上げる。見れば、傍に包帯が落ちていた。  おかしいと首を傾げる。使用人が灯をつけに来た際に、医師から貰った包帯と軟膏、それに塗れた手ぬぐいは下げてもらったはずだ。  ゲルニアの訝しげな視線を受け、リツは足を引き寄せ、ますます小さくなった。 「とったのか」  その動作でようやく気がついた。めくれた衣服の下、太腿に巻いてあった包帯が左右両方ともなかった。次いで、足首が縛られていることにも気がつく。自分でやったようだ。  ゲルニアは眉間に皺を寄せ、リツの手首を掴み、引き起こした。暖炉近くに置かれたままの椅子に座らせる。リツは顔を青くし、一言も発しようとはしない。   「誰か」  扉を開け、壁に掛けられている鈴を鳴らす。すぐに近くの部屋で休んでいる使用人の1人が姿を現した。包帯と軟膏、それから食事を頼む。  椅子の前まで戻り、跪く。リツは耳を伏せ、拳を膝の上で握り、震えていた。怖がられているとは思ったが、このよくわからない癖を直させなければと、敢えて声はかけなかった。足首の包帯の結び目に手を添える。でたらめに繰り返し結ばれたそれは、固く、解くのには数分を要した。  顔を上げれば、リツがぼろぼろと涙を零しているのに気がついた。嗚咽と嗚咽の隙間に声が漏れてくる。 「ごめ、ごめんなさ、い。足の、勝手にとって、ご、めんなさい」 「――とったことにも怒っているけど、こうして足首を縛っていたことにも怒っているよ」  そうはっきりと口にすれば、リツはますます頭を下げ、大きく肩を上下させ始めた。「ごめんなさい」と「もうしません」が交互に聞こえてくる。  ゲルニアは、溜息を吐いた。 (泣かせたいわけではないのだが)  つい先ほどまで膨らんでいた気持ちが急速に萎んでいくのを感じた。やがて使用人が、言っていたものに加え、気を利かせて塗れた手ぬぐいも用意してくれた。太腿を改めてきれいに拭い、冷えた軟膏を塗り込んでいく。その間も、リツは泣き続けた。 (そうだ、次の発情期が来るまでに、そっちの準備もさせておかないと)  両手、足首を縛り、床に転がって、雄にとっての一番の性感帯には一切触れずに達するというのは、やはり苦しいだろうし、正常だとも思わない。  ゲルニアは、わざと、ゆっくりと太腿を撫でた。細い太腿だ。ゲルニアの掌で簡単に覆われてしまう。指を揺らし、内側へと滑らせる。  リツの嗚咽が止まった。見上げれば、眉根を寄せ、目を大きく見開いている。 「動くな」  そう言えば、ぴたりと泣くのをやめ、開いていた口まで閉じた。 (来て早々いきなり前を触っての方法を教えるのは危ないだろうか、そもそも、発情期以外でも勃ったりするのか?)  結局、ゲルニアは、そこで指を止めた。包帯を巻き直し、立ち上がる。  食事はどうするかと問えば、首を横に振られた。食欲がないのなら無理はさせない方がいいだろうか、迷いながら、水分だけはとるようにと促した。  差し出されたコップをなかなか受け取らないでいるリツに「受け取っていいよ」と言えば、ようやく手を伸ばしてきた。  ゲルニアは寝台に座り、リツがコップを傾ける様を見ていたが、自身の寝るための支度ができていないことに気がつき、部屋を出た。念のために鍵もかけておく。リツの食事は置いたままにしておいた。もしかしたら、自分に遠慮をしているのかもしれないと考えたからだ。  入浴に食事、その他雑務を終え、部屋に戻っても、リツの体勢は何も変わっていなかった。コップを両手で持ち、椅子に座ったまま俯いている。本当に食欲はないらしい。  ゲルニアは食器を使用人に下げさせ、寝台へと戻った。 「今日はもう遅い。寝るよ」  片手で布団を持ち上げ、中へと誘う。  リツは黙って、潜り込んできた。それを、抱くようにして目を閉じる。 (ひとまず、明日は、城の方に顔を出して、書類の整理と。ああ、ギース様がいたら面倒だな。まあいいか。それからリシェに話を聞いて、発情期の相談を)  『外』から屋敷に戻って、すぐにリツの件でらしくない行動をとり続けた。思った以上に消耗していたらしい身体はゆっくりと意識を沈ませていった。  ***  ゲルニアの腕の中で、リツは両手を組み、緊張していた。 (起きてないと)  そう思えば思う程、目蓋が重く落ちてくる。泣きたくなった。けれどそうすれば、嗚咽が漏れてせっかく眠ったゲルニアを起こしてしまうかもしれない。必死に堪える。  自由な手足が不安だ。加えて、ゲルニアに触れられた部分が熱く、緩くだが前が立ち上がりはじめ、苦しい。  万が一でも達してしまえば、服が汚れるし、そのまま気持ちの良さに身を任せてしまいそうで怖い。   (朝、まだかな。早く、明るくならないかな)  親指に噛みつく。痛みで意識を保てるのではと考えついたからだ。  尖った犬歯を、肌に食い込ませ、目を閉じた。 (早く、朝)  …  …  …

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