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第15話

** 15 **  灯に照らされ、銀の髪が鈍く慎ましい光を放っている。痛んでいた部分を切りそろえ、香油によって保湿をしたのだとリシェが自慢げに言っていた。伸びていた爪も整えられている。なんだかんだと今日1日でよく世話を焼いてくれたらしい。   (傷があったと言っていたか)  古い傷が開いたのか、はたまた爪によって引っかけたのか。  ゲルニアは、そうっとリツに近づき、絨毯の上に膝をついた。怪我をしていたという箇所を確認しようと手を伸ばす。既に細めの包帯があてがわれていた。 (器用だな。リシェは)  触れる寸前、リツの目が大きく見開かれた。  驚かせてしまったか、ゲルニアは笑みを貼り付け、正座になり、両手の平をリツに向け、軽く振った。まだ何もしていないですよと主張する。  さてどうしようかと迷っている内に、リツの瞳にみるみる内に涙の膜が張られていく。やがて、ぼろりと、水滴が落ちた。  細い身体が床の上を這うようにして、ゲルニアの足元に近づき、腿に頬を寄せてくる。 (な)  ゲルニアは、柄にもなく狼狽え、両手を挙げたまま固まった。リツは気づいていないのか、まるで構わず、なおも頬ずりを続けている。  すんすんと鼻をすする音がする。 「な、ど、――どうした」  ようやく落ち着いてきたゲルニアは、躊躇いながらも、リツの肩に触れた。それにも反応がない。ひたすら、まるで体温を確かめるように、頬を寄せてくる。  嬉しいのは嬉しいのだが、これは、あまりに体勢が悪い。  まさか、リツからこうも積極的に接触してくることがあるとは思わなかった。  ゲルニアは、咳払いとともに、自分の太腿からリツの上半身を起こした。 「ひぅ、く、……っく」  リツは嗚咽に肩を跳ねさせながら、じっとこちらを見つめてくる。瞳が涙でゆらゆら揺れている。「ゲルニア様」と、かすかに空気が震える音だけが聞こえてきた。 (こ、れは)  ゲルニアは、リツの背に両手を回した。胸の中で少し冷えた身体がもぞもぞと動いている。やはり嫌だったかと思いきや、そこでもまた頬ずりのような行動を繰り返している。やがて、左耳を胸にくっつけた状態で落ち着いた。   「どうした、リツ。今日のことはリシェから聞いた。怖かったか?」  甘い香りがする。花の蜜のようだ。香油の効果だろうか。発情期前の香りにしては、きっと濃すぎる。ゲルニアは、リツの抵抗がないのをいいことに、思い切りその香りを胸の奥まで吸い込んだ。  やはり、違う。   (発情期の、あのときの香りが欲しい。発情期前はまた違う香りなのだろうか)  口数の少ないリツが声を上げ乱れる様を、早く見たい。  純粋にそれを楽しみにする気持ちと、今すぐにでもその香りを確かめたい気持ちとが交錯する。そう、あの香りは、リツが達するとより糖度を増していた。  生唾を飲み込む。   (明日から、と思っていたが)    「リツ」と、耳元で囁けば、また大きく身体が震えた。  それを抑えるようにして、更に強く身体を抱き込む。胸の中で、リツがまた動き出すのがわかった。今度のそれには、離れようとする意思が感じられた。  しかし、元より体格でも力でもゲルニアには敵わず、更に両手両足を縛っているこの状態で逃げ出せるわけがない。  ゲルニアの左の口角がかすかに引き上がる。   (可愛い)  守ってやりたい。  もっと、泣き顔が見たい。  そんな相反する理解のできない感情が溢れてくる。耳の付け根に鼻を埋め、嗅ぐ。やはり、甘い。   (どうしたものか)  リツは何もしていない。それなのに、こうも自分の方が煽られるとは思っていなかった。右手で痩せ浮き出た背骨を上へ上へ辿り、首筋を撫でる。もう片方の手は下へゆっくり降ろしていった。深くリツを抱き寄せる。 「ゲ、ルニア様」 「嫌か?」  ようやく声が聞けた。  リツは首を横にも縦にも振らなかった。顔を覗けば、ただ、戸惑いと疑問の色が浮かんでいた。わけがわからない、そういった様子だ。  白い頬がほんのり赤く染まってる。隙間から手を伸ばし、裾の下から腿の付け根に触れた。一際大きく身体が跳ね上がった。   「ゲルニア様、そこは!」 「動かない」  足を伸ばし、完全に、小柄な身体を自分の身体で囲い込む。 「ダメ、ダメです、ゲルニア様!」 「ダメじゃない」  抵抗する姿に、おそらくは、そうすることを『ダメだ』と言い含めたのだろう、ブズのことを思い出した。リツの性癖を捻らせた原因だ。  憎らしいあの顔が浮かび、怒りの感情が蘇る。思わず、爪先でリツの中心へと触れてしまった。 「あっ」  大きく声があがったのが恥ずかしかったのか、腰を引いた状態のまま、顔はゲルニアの胸へと埋めてきた。 「ひ、ぅ」 無防備にさらされた首筋に唇を落とせば、更にくぐもった声が上がる。  リツはいよいよパニックに陥ったようで、抗議のつもりか、頭を左右に振り始めた。ささやかすぎる抵抗が、また愛らしい。  前を弄ることはやめてやらない。せっかくしっかり反応しているのだ。 「こ、怖い、ゲルニア様。や、やめて下さい。怖い、離れて」 「何が怖い? ほら、気持ちいいだろう?」  固く閉じられた目から溢れた雫を、身をかがめ、舐めとる。  握った中心の先からは濃厚な、もったりとした蜜が零れ始めていた。 (ああ、あのときの香りだ)  リシェは自分の精液は甘いのだと言っていた。果たして、リツはどうなのだろうか。  ゲルニアは知らぬ間に夢中になって、指の腹や先で、リツの中心を攻めていた。時折、喘ぐ声が小さく聞こえてくる。  腰が艶めかしく揺れ始めた。 「嫌だ、ゲルニア様。怖いです、嫌です。ふ、服が、服が汚れます」 「いい」 「ゲルニア様。お願いです、離れて下さい、ゲルニア様、」  刺激に慣れていないそこは次から次へと涙を溢れさせる。頬を赤くし、口端から唾液を零し、身体を震わせる様は、たまらなくゲルニア自身の情欲を誘った。   (達することができそうだ)  ゲルニアはほくそ笑んだ。リツはしきりに、「嫌です」ばかりを繰り返している。その様子があまりに可愛らしく、へなへなと横たわったままの耳をごくごく軽く噛んだ。それにまた大げさに跳ね上がる。  意外とすんなり終えそうなことにほっとしていた。やはりこちらの方が自然なことだし、身体も受け入れやすかったのかもしれない。 (このまま、最後まで)  そう思ったが、どうにか理性で堪えた。ゲルニアがするのでは意味がない。一度、身体を離し、胸の前で震える両手首の紐を解いた。  息も絶え絶えな様子で、力が入らないその手を、そっとリツの芯に持って行く。 「ほら、触って。一緒に、ね」 「ゲ、ルニア様、あ」 「大丈夫だ、ここは触っていい場所だから」 「は、ぁ、助けて、ゲルニア様、助けて下さい、う、ぁ」 (俺に助けを求めてどうする)  余程、混乱しているらしい。仕方なく、リツの上から手で覆い、ゆっくり上下に動かしてやった。   (少しずつでも)  ゲルニアは、熱くなる息を自覚しながら、リツを攻め続けた。しかし、ふと、気づいた。リツの自身が萎えている。  リツの顔を見れば、青ざめ、固く目を閉じていた。唇は強く引き結ばれている。ゲルニアは慌てて手を離した。 「どうした、リツ?」  腕から解放する。リツは青い顔をし、手で口を覆った。その目はどこか虚ろで、ここに意識があるとも思えなかった。そのまま、上半身をぺたりと床につけ、蹲る。 「……ごめんなさい、我慢できなくて、ごめんなさい」 「我慢なんて、しなくても」 「ごめんなさい……」  そもそも、達することは結局できていない。言ってしまえば、我慢はできている。  気を失っているわけでも、眠っているわけでもなさそうだ。「ごめんなさい」ばかりが小さく聞こえてくる。 (急ぎすぎた)

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