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第17話
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(参った)
昨晩から泣かれてばかりだ。夜のことは自分が悪かったとして、ミエラの件はごくごく軽く伝えたつもりだった。
彼女が朝食として用意してくれたのは、人参のスープとパンだった。
「美味しい」と言ってくれたはずの食事だったが、リツの表情は高く、動かす手は作業的だった。とはいえ、またこちらが謝ることは違うように思う。
ゲルニアが食事を終えてしばらく後、リツは皿を空にした。何度も自分の方を見上げながら、一挙一動にいちいち身体を固くしている様子が痛々しい。
「今日は外に行ってみようか。その、下着の形が違ったらしいから」
嫌がるかと思ったが、リツは黙って頷いた。何か言いたかったのか口を開きはしたもののまた閉じてしまった。まだ、先ほどの件を引きずっているらしい。
少しは気分転換になるといいが。
***
リシェに勧められたナゴ族専用の店は、とてもきらびやかな場所だった。内装も外装も細かな装飾が施され、きれいだ。思い返せばブズの店も、あちこちに金がかけられている様子だった。やはり値段が値段、客層が客層だからか。
壁は暖色で整えられており、雰囲気は柔らかい。ナゴ族の販売も行われているようだったが、檻には入っておらず、首輪のされた状態で、部屋の一画で自由に放されていた。気に入ったナゴ族がいれば、中に入り更に吟味ができるようになっているらしい。
店の名前は『杏(アン)』といった。
「大丈夫か、リツ」
ゲルニアの目線の下、リツはこくこくと頷いた。顔色は白く、耳もぺたんと垂れており、尾にも元気がない。店には数人の客とその連れのナゴ族しかいなかったが、それでも落ち着かないようだ。大きな瞳は濡れており、今にも泣き出してしまいそうだ。
(気分転換になればと思ったが)
逆効果だったか。
ゲルニアは、しっかと胸の前で組まれたリツの両手に触れた。え、といった様子でリツの顔が上がる。
「行こう」
やや強引に左手をとった。目的のものを捜すべく、店の中を歩き回る。ふとリツの方を見れば、耳はピンと起き上がり、頬にも血の気が戻ってきていた。唇を必死な様子で噛みしめている。どうやら笑うのを堪えているらしい。
目眩がした。
(可愛い)
こんなことで機嫌がなおるのか。
衣服の裾から、垂れたままではあるものの、尾が忙しなく左右に揺れている。ゲルニアは片手で顔を覆い、天井を仰いだ。
気づかなければよかった。可愛い。
「ゲ、ゲルニア様」
「ああ、すまない。ええと、服はあっちのようだ」
どうにか平静を装いながら、ゲルニアは足を進めた。壁際に服がずらりと並んでいる。リシェはこんなところに連れてきてもらっているのかと、主である男のいかつい顔を思い出し、苦笑いをした。似合わない。
一着を手に取り広げてみる。リボンやレースがふんだんにあしらわれていた。リツはどこか怯えるような表情でそれを見ている。ゲルニアは黙って元の場所に戻した。
リツの好みとは思えないし、何よりサイズが合わない。
ざっと見渡せば、リツの身長にあいそうなものはなさそうだ。隅の方に下着の類も置かれていたが、同様だった。
「何かお探しですか?」
若い女性が首を傾げ近づいてきた。驚いたのか、握られるばかりだったリツの手がゲルニアの指をぎゅうと掴んだ。頼られているのだろうかと思うと嬉しくなる。
「ナゴ族の下着と、あとスッキリとした形の服があれば頂きたい」
普段よりも自然に笑みを貼り付けることができた。店員は顔を輝かせ、それからきょろきょろと目線を下の方へ向けた。
「本日はお連れではないのですか? お見立てしますよ」
「……? ここにいるが」
おかしなことを言う店員だ。ゲルニアは、手を引きリツを前に立たせた。店員の目が大きく見開かれる。それから、大きく「ええええ」と声を上げられた。
甲高いその声に、リツだけでなくゲルニアまでもが後退る。
「本当にナゴ族なんですか? 偽物を掴まされたんじゃないですか? よければ、当店でこちら引き取らせて頂きますよ? 新しいものをご購入されては」
気の毒そうにそう問われる。ゲルニアには、言われている意味がわからなかった。こうして耳も尾も生えているのに偽物だとかいうことがあるのだろうか。いや、例え、「偽物」であったとしても、別に気にしないのだが。
リツはリツで、こうも可愛い。
「ゲルニア様じゃないか? アズラ隊の」
「あれがナゴ族? 随分と……」
客の中にゲルニアを知る者がいたらしい。ゲルニアは、店員によって集められた視線を、鋭く見返すことで散らした。つい先ほどまでのいい気分が台無しだ。
「リツ、帰ろう」
掌の中の細い指先はすっかり力をなくしていた。耳も尾も頭を項垂れている。髪の間から覗く白い首筋は、今は真っ赤に染まっていた。
「リツ」と更に名前を呼べば、耳だけがほんの少しだけ起き上がった。小さな声が、聞こえてくる。
「ご、めんなさい」
楽しんでもらえたらと思っていた。欲しいものでも見つかれば何だって買ってやるつもりだった。
華奢な手は握っていなければ、そこから抜け落ちてしまいそうだ。
「ぼ、く、やっぱり」
ゲルニアはその先を聞かなかった。身をかがめ、リツの膝裏に腕を回すと一気に抱きかかえる。
そのまま、店を出た。怒りにまかせるまま、大股で道を歩む。腕の中のリツは、人形のように大人しかった。
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