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第19話

   ** 19 **  結局、下着の件はミエラに頼むことにした。  後日、リシェを伴い、ナゴ族専用ではない店を数件巡り、ああでもないこうでもないと言い合いながら、いくつかの種類を買ってきた。かなり楽しかった。  屋敷に戻って、「どれがいい」と、リツの前に並べてみたが、あまりにも真剣に悩まれてしまい、結局は自分の好みで選ぶことになった。  ひらひらの装飾が施された白い下着だ。ミエラに渡すとき、目が冷たかったような気がするのは、気のせいだろう。   「リツ」  部屋に戻れば、窓際の隅の方でリツが丸くなっていた。その姿にほっとする。起こさないように注意しながら、身体に毛布をかけてやった。  膝を折り、顔を見つめる。  あの買い物に出た日から、よく眠れていないようだった。目の下に、隈が酷い。一緒に寝ることも嫌がらず、縛ることもしなくていいと首を横に振る。何も言わなくても、食事はよく食べているようだ。  うまくいっているはずなのに、リツの体調はどこか芳しくない。   (少しずつでも慣れていってくれれば)  まともに発情期を越せるのはいつになることやら。――気長に待つしかないか。ゲルニアは溜息とともに立ち上がった。  その気配に、リツが跳ね起きる。両手両足をさすり、ゲルニアの姿を見つけ、上から下まで眺めると、ほっと息を吐いた。 「寝てていいよ」  リツは首を横に振った。落ちた毛布を引き寄せ、胸元で握りしめている。ゲルニアの方をチラチラ見上げては俯くを繰り返している。珍しい。何か言いたいことがあるのだろうか。  ゲルニアは、絨毯に膝をつき、リツと目線を合わせてやった。  「ん?」と促せば、少しの躊躇の後、「ご主人様」と口を開いた。 「リ、リシェ様から聞きました。明日からお仕事に行かれるって」 「ああ。少しは身体を動かしておかないとな」  それから、リツはまた黙ってしまった。  ゲルニアとしては、最後のゆっくりできる休日なわけで、リツともっと話をしていたいが、体調のことを考えると眠れるときに寝ていてほしくもある。   (どうしたんだろうか)  何か葛藤しているらしいが、なかなか言葉は出てこない。やがては、「何でも、ない、です。寝ます」と頭を振られた。  ゲルニアは眉間に皺を寄せ、リツを毛布ごと抱きかかえた。   「眠るならこっちで寝なさい」  寝台の上にリツを降ろす。 リツはそのまま、ゲルニアに背を向け、目をつむってしまった。寝ろと言ったのは自分だが、少し寂しく思う。   (さて)  何かお菓子でも買いに行ってみようか。リツにはまだ食べ慣れないものが多いようで、いちいち口に入れたときの反応がおかしい。また、リシェでも誘ってあれこれ買い込んでみよう。  とはいえ、やはり名残惜しく、そうっと、寝台の上に広がるリツの長い髪に触れた。一筋を掬い上げ、指で弄ぶ。自分とほぼ同じ髪色だというのに、ずっと、透明度が高くはかない色に見える。  リツの尾の先が細かに震えている。邪魔をしてしまったか、ゲルニアは髪を戻し、部屋を出た。  ***  扉が閉まると同時にリツは目を開いた。  一度目が覚め、縛られていない両腕を確認したことで、睡魔はとうに去ってしまっていた。窓硝子の方に近づくと、ちょうど、ゲルニアとリシェが屋敷から出て行くところだった。   (いいな)  あの日以来、リツは外に出ていない。ゲルニアも出そうとはしていないようだ。  当たり前だと、リツはその場で膝を折った。長身のゲルニアと小柄なリシェの姿はよく似合っていた。 (僕は、一緒には歩けない)  やがては、2人の姿は見えなくなった。どこに行ったのだろうか。ついこの間も、一緒に外出していたようだ。暗くなるまで帰ってこず、戻ってきたゲルニアの表情は明るかった。十二分に楽しめたようだ。  その様子に、リツはうまく笑うことができず、ずっと寝たふりをしていた。   (明日からは、こんなに長くは屋敷にいてくれないんだ。もう少し、一緒に、いたかった)  そんなことを口にできる立場ではないが。   「いい、な」  ぽろりと零れた本音が、リツを怯えさせる。両手も、足も、縛ってしまいたい。どこかに閉じ込めてほしい。けれど、それも言えない。  ゲルニアにこれ以上、失望されたくない。   (今日も、遅くなるのかな)  窓硝子に額をくっつける。肉付きの悪い、陰鬱な表情の自分と目が合い、慌てて離れた。言いつけどおり、寝ていた方がいいのだろう。  リツは寝台に戻り、固く目を閉じた。  ***  一歩店内に足を踏み入れた、その瞬間から、強烈な甘い香りに襲われた。ゲルニアは思わず顔をしかめたが、リシェは小走りでゲルニアの脇を抜けていった。  正面の硝子棚から、左右の壁際、扉の両端にまでも、ずらりと色とりどりの菓子が並んでいた。  リシェは主によくここに連れてきてもらうらしいが、これはまたなかなかに別世界だ。入るのを戸惑っている内に、リシェが戻ってきて、手を引かれた。  珍しく、興奮しているらしい。 「あれが美味しいです。色々な果物の味がするんですよ。それから、あ、新しいお菓子だ」  忙しなく、興味の対象が移る。  長い期間、リシェを預かることはよくあるが、特にどこに連れて行ってやることもしなかったなあと、今更ながら、ゲルニアは後悔した。  普段は何も言わないが、本当はこういう場所が好きなのだろう。我慢していたに違いない。 「これも、食べ……い、いえ、美味しい、ですよ!」  食べたいと言えばいいのに。  ゲルニアは苦笑しながら、指さされた全てを、置かれていたカゴの中に入れた。それに、リシェは、我に返ったのか、口数を減らした。ピンと立っていた耳と尾が、途端に項垂れる。   「す、すいません」 「何が? 俺は全然わからないから、どんどん選んでくれ」 「――っ、仕方がないですね。あ、あれも、気に入ると思いますよ」  また、尾がぶんぶんと左右に激しく揺れ始める。こちらは素直なことだ。  少し視線をあげると硝子棚の奥、女性の店員がクスクスと笑っていた。ゲルニアと目が合うと、小さく首を傾げる。 「可愛いらしいですね」 「ああ、まあ、わかる気もしますね」  リシェの方へ目を戻せば、不本意そうに赤い頬を膨らませていた。怒らせたか。  気がついた店員が、奥から出てきた。腰を落とし、リシェの方を見上げるようにする。手には四角い箱を持っていた。 「可愛らしいお坊ちゃん、こちらの商品もおすすめですよ」 「何ですか? 固い……焼き菓子ですか?」 「ふふふ」  意味深に笑う店員の話が気になり、ゲルニアもしゃがみこむ。箱の中には、鮮やかな色の丸く平たい、一見してリシェの言うように焼き菓子のようなものが並んでいた。  そっと耳を傾ける。 「お菓子の材料で作った入浴剤になります」  リシェもゲルニアも、目を見開き、再度『入浴剤』を眺めた。 「はい、湯船に入れてお楽しみ下さい。ナゴ族の中には水が苦手な方も多いでしょう? こちらいい香りがするので、長く湯に浸かってくれるようになったとか、ご主人様に人気なんですよ」  店員はゲルニアの方を見、「仲直りに、一緒にお楽しみ下さい」と微笑んだ。 (リツと)  相変わらず、湯浴みは苦手なようだが、身体を温めることは健康にもいいというし、熟睡効果もあるとかいう話を聞いたような気がする。  ゲルニアの頭の中で、リツと自分が共に浴槽に浸かる姿がキラキラと輝いて展開された。次いで、繕って貰った下着を履いた姿が思い浮かぶ。  ハッと気がつけば、リシェからの視線は、ミエラのそれ以上に冷たかった。  ゲルニアは軽く咳払いをし、立ち上がった。入浴剤をひとつ、カゴの中に入れるのも忘れない。 「お会計を」

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