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第11話

 * * *  ふたりの承諾を受けてからの、ニルオスの行動は早かった。ふたりに食事を続けておくよう言いおいて、どこかに出かけたかと思うと、小一時間ほどして満面の笑みで戻ってきた。 「カヒトの部隊は、副団長が引き継ぐことになった。兵士らは紋のことを知っていたから、すぐに納得をしたぞ。それと、リアノ。おまえはまあ、べつに誰かの下にいるというわけではないからな。研究所の場所が変わるというだけのことだ。ここには部屋がいくつか余っている。そのうちのひとつを、研究室として使うといい。あと、子どもを授かったとしても、腹が出るとかわかりやすい変化はないからな。注意をしておかねばならん。なるべくなら、日々励んでもらいたいところだが、それはまあ、ふたりにまかせる。無事に身ごもったとして兆候が出のは、卵を産む直前……七か月くらいしてからだな。紋についての研究もしたいから、今夜からこの上にある部屋に住むように。鍵はこれだ。荷運びについては、カヒトの部下が請け負ってくれた。早速、部屋を引き払って荷物を運びこんでくれ」  ふたりは口をはさむ余地も与えられず、テキパキと指示されるままに部屋の引き払い手続きをして、カヒトの部下に荷物を持たせ、日が暮れる前に引っ越しを終わらせた。  新居となる部屋はふたりで住むのに充分すぎるほどの広さがあり、ベッドをふたつ並べて机を設置しても、まだテーブルやソファを置ける余裕が残った。  作業を終えた兵士たちをねぎらうために、ニルオスは酒食の準備をしていた。入ってすぐの空間に兵舎の机を運び込み、料理を並べて無礼講の宴会がおこなわれ、解散となったのは夜もかなり更けてからだった。  先に休むと言って、ニルオスは一階の研究室の奥にある居室に戻った。残されたカヒトとリアノは、それぞれに裏の井戸で体を洗い、さっぱりとして落ち着かない気持ちのまま、二階のふたりの部屋へと入った。 「なんか、目まぐるしかったなぁ」  ドキドキと存在を主張する心臓を抱えて、カヒトは口を開いた。 「なんだかよくわかんねぇままに、あっけなく解決方法が見つかったっつうか、なんつうか」 「私は役立たずだと言いたいのか」  おなじく心音を激しくしているリアノは、緊張と興奮のあまりカヒトを直視できなくて背を向けた。紋を抑えるために、彼と主従の契約を交わす。これからの人生を、共に過ごす。考えれば考えるほどうれしくて、気をゆるめればニヤけてしまう。 (カヒトは、本意ではないだろうに)  相手を思えば歓迎できない解決法だが、自分にとっては望み続けていたものを手に入れられる好機だと、よろこびがあふれてくる。 (リアノと――) (カヒトと――) (契約をする)  だが、どう切り出そうと悩むリアノの背後で、カヒトは服を脱ぎながらしゃべり続けた。 「役立たずなんて思っちゃいねぇよ。俺に恥をかかせちゃなんねぇって、ひとりで解決しようとがんばってくれただろ? 感謝してんだ」 「だが、紋を取る方法を見つけられなかった」 「けどよ、コントロールする方法は見つかったじゃねぇか」 「おまえは、いいのか」 「いいから承諾したんだろ。こんなことでもなけりゃあ、ガキを産むかもしれねぇなんて経験、できねぇし。もともとは俺の油断が招いたことだしな。――つき合わせちまって、悪かったな」 「いや、私は」  言いよどんだリアノの本心を、カヒトは幼馴染という立場と、解決できなかった責任の呵責だと予想した。 (真面目なんだよなぁ)  つけ込んで申し訳ないと思いつつ、けれど自分の気持ちにウソはつけないと唇をゆがめる。当のリアノは、調べが足りなかったのではと己を責めた。 (無意識に、手を抜いてしまっていたのではないか)  紋が消えなければカヒトを引き留めていられると、本気で調べていなかったのではないか。 (いや。ニルオス様も、消す方法はないとおっしゃったんだ)  自分は全力で問題に取り組んでいたと、リアノはこぶしを握って胸に当てた。ふわりと鼻孔に甘い香りが触れて、紋が反応しているのだと知った。 (契約が成されると、紋も理解をしているのか?)  あるいはカヒトの緊張に呼応しているのかもしれないと、リアノはゆっくりと熱を帯びはじめた己の下肢を見下ろした。 「けど、驚いたよなぁ。契約をするには紋に精をかければいいって、じいさん言ってただろ? 紋が熱くなった時、離れたリアノが見えたのは、半分は契約が済んでたってことかもしんねぇな」 「っ! それは」  振り向いたリアノは、真後ろに立っている裸身のカヒトに目を見開いた。ニヤリと歯を見せたカヒトの手が、カヒトの肩を掴む。 「わかってる。契約がどうのなんて知らなかったんだし、なんとかしようと考えてくれた結果だろ? 恨むどころか、感謝してんだ。だから、気にすんな」 「カヒト、なにを……っう」  強く肩を握ったカヒトは、リアノをベッドに押し倒した。 (どうせ自分の力不足だなんだって、悩んでんだろ。だったら、ためらう間も無く襲ってやるよ)  獰猛な笑みをひらめかせたカヒトは、しっかりと押さえつけたリアノの服を剥ぎ取った。あまりのことに声も出せずにいるリアノの下肢が、反応している。 (紋の匂いのせいだな)  服を脱いでいる途中から、紋は熱を放っていた。いよいよリアノを呑めるのだと、興奮する気持ちに呼応した紋がフェロモンを発している。ならばリアノの体は反応しているだろうと、予測した通りだった。  唇を舐めて、カヒトはリアノにまたがった。尻の奥が疼いて、ジクジクとあふれる液で濡れている。あと少し、服を脱ぐのが遅ければ下着を濡らしていただろう。 (リアノが欲しすぎて、ケツが濡れまくっちまった)  見下ろす相手の驚き顔に笑いかけ、カヒトはヒクつく秘孔にリアノの熱を招き入れた。 「くっ、う……はぁ……あっ、んぅ」  欲の先端を圧迫されて、リアノは我に返った。まさか押し倒されて、襲われるとは思わなかった。腹の上であえぐカヒトは、眉根を寄せて苦しそうだ。狭い箇所に懸命にリアノを入れようと体を揺らしている。 「なにをしている!」 「なにって……契約、すんだろぉ?」 「ほぐしもしないで、怪我をしたらどうするつもりだ」  カヒトの腕を掴んで止めようとするが、リアノの力ではみっしりと筋肉をまとった彼を払いのけるなど不可能だ。それでもリアノは、彼の腕を引いてもだめならと、目の前に迫る盛り上がった胸筋に両手を当てて、力いっぱい押し上げた。 「んぁっ、あ……リアノ……っは、問題ねぇよ……俺ぁもう、たっぷり濡れちまってんだ……ぁ、あ……だから、リアノは寝転がってりゃいい……俺がぜんぶ、するからよ」 「カヒト、おまえ」 「ふ、ぁ……けど、んっ、そうだな……あっ、押すんじゃなくって、乳首、いじってくれるとありがてぇ……ジンジンしてよぉ、たまんねぇんだ」  苦痛と快楽を綯い交ぜにしたカヒトの笑顔に、リアノはときめいた。惚れ直したと言っていいほどざわめく胸で、カヒトの覚悟を受け取った。 「わかった……が、痛みを感じたらすぐに止めろ」 「んっ、痛くねぇ……ちょっとばかしキツイけどよ……めちゃくちゃ、気持ちいいんだ……は、ぁ、くうっ」  腰を揺らすカヒトの内側に、半ばまで埋まったリアノの欲がキュウキュウと絞られる。必死に呑もうとしているカヒトの緊張を解こうと、リアノは彼の胸筋を揉みしだき、親指で乳首をこねた。 「は、ぁうっ、ん……リアノ、ぁ、もっと……あっ、ぁ」  リアノを包む内壁の動きが変化する。カヒトの胸をまさぐりながら、リアノは腰を突き上げた。 「あっ、あ……あぁああっ」  ビクンと跳ねたカヒトの尻が、リアノの太腿に打ち当たる。欲しくてたまらなかったものをズッポリと根元まで呑み込んで、悦楽に打ち震えるカヒトの陰茎の先から先走りが飛び散った。 「は、ぁあ……あっ、ぁ、あ……っ」 (リアノが、奥に……俺の中に、入った)  目を閉じて天を仰ぎ、カヒトはよろこびに打ち震えた。欲しかった場所にリアノがいる。ヒクつく内壁がわなないて、リアノを抱きしめている。意識にありありとリアノの存在を味わって、カヒトは笑った。気持ちに紋が反応し、熱くなる。くっきりと存在を濃くしたカヒトの紋に、リアノは険しく目を細めた。 (契約が、成ったのか?)  これで自分とカヒトの運命は繋がったのかと、リアノは唇を噛みしめた。 (いいや、まだだ)  精を注がなければ契約完了とはならない。まだ完全にカヒトと強く結ばれたわけではない。 「カヒト」  彼の温もりに包まれる心地よさを味わいながら、リアノはカヒトをうながすために、胸筋を愛撫した。愛撫に反応をしたカヒトがリアノの両脇に手を置いて、体を上下に揺らす。 「は、ぅ……んっ、ぁ、あ、リアノ……あ、リアノぉ……ふ、ぁ、あっ、あ」  グチグチと秘孔の口から濡れ音が響いている。結合の隙間から漏れた液が、リアノの下生えを濡らした。 「んぁ、あっ、あ……は、ぁううっ、リアノ、ぁ、リアノぉ」  内側にリアノがいる。やっと手に入れられたと、カヒトは快感にとろけながら夢中になって味わった。淫らな笑みにリアノの欲は膨らんで、蠕動する媚肉から与えられる快楽に身をゆだねる。 「カヒト……っ」  やがてリアノは精を漏らして、カヒトの奥を己で満たした。 「あっ、ああ……リアノ」  じんわりと広がっていくリアノのかけらに、カヒトはうっとりと目を閉じる。紋がカッと燃え上がり、ゆっくりと落ち着いていく。契約が完了したのだと、カヒトはうれしさのあまりリアノを抱きしめた。 「ぐっ、カヒト」  胸筋に顔が埋まり、息が詰まるほど強く抱きしめられて、リアノはうめいた。表情の見えないカヒトの心の内を想像する。 (笑ってはいるが、内心は屈辱だろうな)  抱かれる側になるなど、想像もしていなかったろう。明るく振る舞っているのは、気遣いからだ。契約はなされた。これで紋は無差別に誰かを誘いはしないはず。だが、それはリアノに抱かれる日々を送るということでもある。 「カヒト」  広くたくましい背中に腕を回して、リアノは目を閉じた。受け入れざるを得なかったカヒトの悔しさは、いかほどのものだろう。油断をしたがゆえに、こんなことになってしまった。あのときもっと気をつけていればと、悔やんでいるのではないか。この腕の強さは、後悔を受け止めて前に進むために気持ちを切り替えている証拠ではないのか。 「なあ、リアノ」  やっと求めていたものを手に入れたと、噛みしめていたカヒトはおずおずと声をかけた。珍しい彼の声音に、リアノは弱音を吐かれるのではと気を引き締める。 「キス、してぇ」  意外な申し出に、リアノは首を動かしてカヒトを見た。まっすぐな瞳が傍にある。魂が吸い込まれそうなほど、澄んだカヒトの瞳には陰の気配はみじんも無かった。それどころか陽の輝きが散りばめられている。 (キレイだ)  見とれたリアノに、カヒトは繰り返した。 「キスしてぇ。いいか? リアノ」 「なぜ、聞く」 「ん……なんとなく、だよ」  契約は終わった。だが、リアノの気持ちが承諾しているとは限らない。受け入れ側が納得をすれば契約はなされるらしいが、相手もそうだとは言われていない。ただ精を紋に与えればいいだけだ。責任を感じているらしいリアノの気持ちが少しでも、自分に向いているのならキスを許してくれるはず。 (前にも、キスしてくれたしな)  錯覚でもいい。愛されているのだと勘違いをさせてくれと、カヒトはリアノの迷いを含んだ瞳を見つめた。 「なんとなく、か」  吐息を漏らして、リアノはカヒトの頬に手を添えた。 「後悔をしているのか」 「なんで」 「油断をしなければ、こうならなくて済んだ。おまえは兵団長として任務に励み、ふさわしい令嬢と結ばれて、いずれ近衛兵の師団長にもなれたはずだ。だが、その道はもう」  かぶりと、じゃれつくようにカヒトはリアノの口に唇で噛みついて言葉を遮った。 「いいんだよ。俺はそんなこたぁ、望んだこともねぇ」 「だが」 「夢がかなったっつったら、驚くか?」  気持ちを吐露するのは、いましかないとカヒトは気持ちを声で紡いだ。 「俺はずっと、リアノが欲しかったんだよ」 「紋がそうさせたんだろう」 「違ぇよ」 「どういうことだ」  はにかんで、カヒトはリアノの頬に唇を寄せる。 「ずっと、リアノの特別になりたかったんだ。まさか抱かれる側になるたぁ、思わなかったけどな。だから、俺にとっちゃあ油断してよかったってこった。リアノにとっちゃあ、迷惑だろうけどよ。――人生を奪っちまって……俺につきあわせることになっちまって、悪ぃな。気にしてることがあるっつったら、それだけだ。もっと言やぁ、リアノから手を出されてぇっつうの? まあ、そこまで望むのは欲張りすぎだってのは、わかってる。だから、キスぐれぇは許してもらいてぇっつうか……前にしてくれただろ? だから、ちっとばかし期待はしてんだけどな」  冗談めかして締めくくったカヒトを、信じられない思いでリアノは見つめた。視線に堪えられなくなったのか、真っ赤になったカヒトが顔をそむけて咳払いをする。 「まあ、なんだ……つまり俺ぁ、紋がどうとか関係なく、リアノが欲しかったつうか……気持ち的には紋なんてクソくらえっつうか……いや、紋がついちまったから、形がどうであれリアノが欲しいだのなんだの言えたっつうか、なんつうか」  ゴニョゴニョと口を動かすカヒトの様子に、あっけにとられていたリアノはこみ上げる笑いに喉を鳴らした。クックッと笑いながら片手で顔をおおう。 「俺の告白が、そんなに面白いのかよ」  照れくさくてブスッと不機嫌な顔になったカヒトに、いいやと笑いながらリアノはキスをした。 「想像もしていなかったな。おまえの言動はすべて、紋に操られているか、私に気を使っているのだろうと思っていた」 「つき合わせて悪ぃなとは思っていたけどよ、紋を利用したってところが本音っつうか、なんつうか。だから、じいさんの解決法を聞いたとき、よっしゃってよろこんでた」 「だから、私を襲ったのか」 「逆強姦みてぇなことしちまったのは、俺なりの気遣いだよ。巻き込んじまったから、とっとと契約を済ませちまおうってな。リアノは別に、俺を抱きたいってわけじゃねぇだろ? あと、逃したくなかったっつうのもある」 「私は獲物か?」 「俺にとっちゃあ、ずっと狙い続けていた獲物だな」 「ふっ、クク……そうか、私を狙っていたのか……だから、しつこくまとわりついてきたんだな」 「なんだかんだで相手してくれっから、嫌われてはねぇはずだって思ってた」 「私は、孤立しているからと哀れんで声をかけてくるのだと考えていたぞ」 「は? なんでぇ、そりゃあ。んなことするかよ。俺はそんなにヒマじゃねぇし」 「そうか、そうだな……ああ、そうか」  まさか自分の望みが、すでにかなっているとは夢にも思っていなかった。クスクス笑いながら、リアノは片手で顔を隠したまま、もう片手でカヒトの頭を抱きしめる。 「私を欲しいと言っていたのは、紋のせいではなく本心だったんだな」 「おう。まあ、紋のせいにして言ってたってのは、あるけどな」  お互いに、紋を通じて相手の気持ちを探り合っていたのかと、リアノはカヒトに頬を寄せる。 (ならば、遠慮をすることもない)  気持ちを広げたカヒトに、こちらも魂をくつろげて応えよう。 「重い。退け」 「え……ん、うーん」  まだリアノと繋がっていたいカヒトは逡巡した。 「私を潰す気か? いいから退け。キスがしたいんだろう? 座れば、してやる」  渋々と体を起こしたカヒトは、名残惜しみながらリアノを抜いてあぐらをかいた。起き上がったリアノは、不満と期待を満面に浮かべているカヒトにほほえみながら手を伸ばす。  顎に手をかけられて、カヒトは近づいてくるリアノの顔をじっと見つめた。唇がやわらかく押しつぶされる。ついばまれ、腕を伸ばしてリアノのうなじに触れたカヒトは、自分がちいさく震えているのに気がついた。 (なんだよ、これ)  腹の底がじんわりと温まる。紋のせいでも性欲のせいでもない熱に、カヒトはとまどった。リアノの視線が、ひどく優しい。怖いくらいにやわらかなまなざしに、祈りに似た希望を見いだす。 (まさか、な)  都合がよすぎると自分を笑う。 (リアノも俺を好きだったなんて、そんな奇跡があるわけねぇよ)  幼馴染の気持ちを知って、同情しているだけだと言い聞かせるために、カヒトは目を閉じてリアノの繊細で甘やかすようなキスを味わった。

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