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scene.2 向日葵の花

 ――俺、藤原亜咲・23歳。  現在は、『ヘアサロンSHIBASAKI』という個人経営のサロンで、理容師見習いとして働かせてもらっている。  店舗のオーナーである乾みわ子さんは、女性でありながら年配男性の客層が多い理容師という、非常に珍しい経歴の持ち主である。  だがこのみわ子さん、実は只者ではない。 店舗の主な商売である理容師の他、男女関係なくトータルに対応する美容師であったりとか、主に心のケアを生業とするカウンセラーの資格なども持っており、名義上はヘアサロンと銘打っているが実はその客層に老若男女は関係なく、店舗自体の立地の良さも手伝って、毎日様々な人が訪れている。    理美容師としての実力もさる事ながら、それ以上にカウンセラーとしての実力が世間に認められているみわ子さんは、その知識力の高さと経験の豊富さからメディアでもよく取り上げられ、情報番組のコメンテーターであったり、番組企画のパネラーカウンセラーとして公開カウンセリングを行ったりと、なかなかに忙しい人である。    そんなキャリアウーマンのみわ子さんでも、どうしても手を焼いてしまって困っているというのが、彼女の息子である航太・18歳だ。  母親の顔も持つみわ子さんだが、その外見だけを見ると航太ほどの年齢の子供がいるとは世間一般には俄かに信じがたい人である。  そんないわゆる【美魔女】とも言えるこの人から、どうして航太のような子供が生まれたのか…俺は未だに理解不能だ。  俺がこの仕事に就こうと思ったのは、子供の頃に見ていたテレビによく映っていたカリスマ理美容師である芝崎護(しばさきゆずる)、つまりは此処のサロンの社長でもあるこの人の存在に惹かれたからだ。  ちなみにこの社長、元々はみわ子さんと夫婦関係があったそうだが、現在は既に離婚が成立しているという。しかし店舗経営は共同のままで、それぞれに本店(1号店)・支店(2号店)と分かれて営業を行っており、俺が居るのはみわ子さんがオーナーを務める2号店の方である。    子供の頃の俺は、実はあまり身体が丈夫な方ではなくて、よく学校を休んだりしていた。 その当時のよくある昼の情報番組の中のコーナーの中の一つに、一般人を突撃して芸能人のように変身させる企画のようなものがあって、それを母親と一緒に見ながら画面の中に映るその人に、ほのかな憧れを抱いたのだ。  そしていつか自分もこの人と同じような仕事をやってみたいと思い、一人上京して今の仕事に就いたのだが、その道に辿り着くまでのハードルは意外と高くて大変だった。  ちなみに俺の実家は実は地元でもかなり有名な旧家で、その先祖を辿ると奈良時代ぐらいまで遡れるほどの歴史を持っているらしい。  そんな旧家に生まれた長男である俺は、昔からのしきたりに則って、いずれは実家を継がなければならない立場にある。その時に資格さえ取得していれば、自宅を離れることなく仕事はできるからと何とか両親を説き伏せて、その為の修業という名目のもとで上京し、今に至る。  いずれは地元に戻らなければならないのかも知れないけれど、今こうして離れて暮らしているうちは好きな事をしていたいと思う。それが俺の楽しみの一つ。  ――なのにだ。 「亜咲。…服を脱げ」 「はあ!?」 「どうしてオレが家を抜けてまでわざわざお前の所に来たのか…理由は分かってるだろ?」 「…ああ。まあ…それしか、ないよな…」 「お前は本当に物分かりが良くていい。…ちょうど溜まってるんだ」 「…俺はお前のストレッサ―を受け止めるだけのサンドバックかよ…。」 「…どうするんだ?やるのか?…やらないのか?」 「…断ったって強引にやるくせに…。どうせ俺には拒否権なんて無いんだろ…」 「いや、オレも馬鹿じゃないから無理矢理にはするつもりもないけどな。けど…」 「…よ、せ…っ!」 「亜咲はオレに逆らえない。…そうだな?」 「…そう、だよ…。俺はどうせお前には逆らえない…」 「…お前はオレが好きだから。オレに触られるのが好きだから…」 「…ああ、そうだよ…。俺は航太に触られるのが好きだから…っ!」 「…亜咲。好きだ…」 「俺…も…っ!…航太…っ!」 「…オレにちょっと触られただけで、もうこんなにして…。…亜咲は淫乱だな…?」 「…航太の、せいだ…。…お前が俺を変えたんだ…こんな淫乱な俺に…っ!」  どうして目の前のこの少年は、俺をこんな人間にした…? 俺よりも5歳も年下なのに、俺はお前に逆らえない。俺はもうお前無しでは生きていけない…そんな恐怖にも似たこの感覚に、俺は縛り付けられたまま…今日もこの少年の為に、この身体を捧げていくのだ。…その心を捉えて離さない、太陽に向かう向日葵の花のように。  ――自分の好きな事、やりたい事を伸び伸びとしていくこの綺麗な少年の無謀とも言える行動に、俺は羨望と憧れの眼差しを持っていながらも、その反面で自分がどうしても拭い去れない旧家のしきたりという名の呪縛が、俺自身の心の闇を深く追い込んでいく。  例え今、俺がどんなに彼を愛していたとしても、いずれは目の前のこの少年の手を離さなくてはならない時が来る。…俺の中で先が見えてしまっている未来を手離したくないと思ってしまっているその心が、俺自身を縛ってしまっている。  ――俺は…それほどお前が好きなんだ。…だから俺はいつも逆らえない。…初めてお前を見た、4年前のあの日から――。          

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