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scene.5 コドモの嫉妬

「…おい、亜咲」 「…何?」 「お前今、俺じゃない奴の事考えてただろ?」 「…そんな事ない…。俺はいつだってお前の事を一番に考えてるよ…」 「…だったらこれは何だ?」 「…っ…くうっ……」    そう言って航太は俺の下半身を強引に掴んでくる。 急激に与えられた刺激に、俺は思わず身体を捩って航太の手から逃げようとしてしまった。  そんな俺の無意識からの行動に、航太は更に不機嫌な表情を浮かべて俺をぎりりと睨み付けてくる。そして、俺のそれを掴む手にも力が込められる。 「逃げるな、亜咲」 「逃げて…ない…って…言って…んああっ…!…いた…っ…痛い…。やめ…やめてくれ、航太!…俺、ホントに…っ…!」 「…さあ、どうする?…このままオレの手だけで達かされたいか?…それとも……」 「…あ、ああっ!…いきなり後ろは…っ」 「…お前は本当に嘘つきだな?…そんな事言って、亜咲の此処はもうこんなにひくついてるぞ。…オレが欲しいって震えながら泣いてるぞ…?」 「…それはお前が…っは…うあぁぁっ!」  それはいきなりだった。航太は俺の後ろの孔に指を突っ込んできたのだ。 突然の行為ではあるが、既に何度も馴らされている俺の身体はそんな事などお構いなしに、航太の指をぐいぐいと飲み込んでいく。最初は軽い痛みを覚えたが、それもすぐに快感へと変わってしまう。…悔しいけれど、こればかりはどうしようもなかった。   「…良い顔だな。…お前は一生オレから逃げられない。…いや、逃がさない」  それから航太は、俺の全てを奪い尽くすように俺を犯し続けた。 そんな強姦にも近い行為だけど、それでもいいと俺は思った。…それが航太自身の心の支えになるのなら、俺はこの年下の少年に自分の全てを与えてあげても良いと。  航太が俺に対して注いでくる愛は、時に強引でとても冷たい。だが、その心の裏には子供の頃から親に甘える事を許されなかった悲しい過去がある。  両親ともに共働きで、しかもどちらもメディア露出の多かった二人は航太の知らない所で有名になり過ぎていた。そんな二人のたった一人の子供である航太は、テレビの中で活躍し続ける両親を、いつもどこか遠い目で見つめていたという。  ある事がきっかけで彼の父親である芝崎護がぱったりとメディアから姿を消すようになるまで、航太はずっと有名人の子供として見られ、学校や友人たちの間で一線を引かれていたという。その為、あまりいい友達に巡り合う事もなかったらしい。  そんな中で、自分を特別視しない俺のような存在に出会えたことで、航太は初めて本気で人を信じる事が出来るようになったのだと、後にみわ子さんは教えてくれた。 「…航太…。今日の俺はどうだった…?…お前の期待に応えられたかな…?」 「…そんな事、今更聞いてどうする?」 「…俺はいつも、お前に抱かれている間の記憶がほとんど残らない…。自分が今、どんな表情を見せているのかとか、どんな声で感じているのかとか…そういう感覚をなかなか掴みきれない…」  「…亜咲は馬鹿だな。…オレがお前をただ強引に抱いてるだけだと思ってたの?…ちゃんと愛してるよ。オレなりに、だけどね」 「…うん。それは俺も分かってる…けど…」 「…けど…?」 「俺は時々不安になる…。航太はいつもどこか先を見ている所があるから、もしかしたら俺の事もいつか忘れられていくんじゃないかって…。」 「何だ、そんな事か。…大丈夫だよ。今のオレにとっては亜咲が一番の存在なんだよ?…他に誰が居るの?」 「…え…ほら、結真さん…とか…。前に結真さんにナンパ仕掛けたら速攻で振られたって言ってたろ?」 「…ぶはははは!…あれは違うよ。…オレがゲイだから、そういう人でも構わないかって聞いてみただけ。大体、あの人には親父っていうデカい存在がついてるから、オレなんて全然叶わないって!」 「…あ、そうか…。そうだよな…」 「まあでも、結真さんみたいな人も嫌いじゃないけどね。いくらオレが年上好きだって言っても、流石にあの人じゃかなり年上過ぎるな。…アラフォーだし」 「ふうん…。じゃあ、俺くらいの方がちょうどいいってこと?」 「そうだねー。亜咲くらいの年齢なら、ちょっとくらい図々しい事とかしても大丈夫だし?」 「…図々しいってなんだ?」 「そのまんまの意味だよ」 「…このやろ…。」 「…むくれた亜咲の顔が可愛い」 「…っ…う…」  突然、俺の唇は航太に塞がれた。 どうしてこうも変わってしまうんだろう。抱き合っている瞬間はとても冷たくて、俺の心を支配してしまうくらいの怖さがあるのに、それ以外の時はいつもこんな調子だ。  ただ冷たいだけなら、その心を凍らせて相手の思うままに動く事が出来るのに、今こうして会話をしている時の優しさや親しみやすさが俺の心を惑わせる。だが、そんなギャップさえも愛おしいと思う自分が居る。…だからきっと、俺はこの手を離せないのだ。  ――だがそれでも、俺が密かに抱える心の中の不安が、俺自身を強く悩ませる。    自分はこのままでいいのか、それとも航太の将来の幸せの為にもっと違う道を探すべきなのかと。今は良くても、俺たち二人はいつか離れなければならない日がやって来る。  俺が先か、それとも航太が先か、それは分からないけど…出来る事なら、いつまでも一緒に居られるように、このままの日々がこれからも続いていくように。…今はそう願うしかない。

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