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scene.6 大人の事情

 その話は突然舞い降りてきた。 いつものようにサロン全体の立ち上げを行う為に俺が出勤してくると、既にオーナーのみわ子さんが来ていて、スマホで何やらやり取りを行っている様子だった。 「おはようございます。オーナー、今日は早いですね。…何かあったんですか?」 「あ、おはよう亜咲くん。…突然だけど、後で本店の方に行ってもらえないかしら?」 「…それは構いませんけど…。向こうで何かあったんですか?」 「いや、それがねぇ…。どうも社長が急遽、サロンを空けなきゃいけない時間が出来たらしいの。でも大きな予約が1件入ってるらしくて。一時的に向こうのサロンが結真くん1人になっちゃうから、その間のヘルプに行って欲しいのよね」 「いいですよ。時間はどれくらいですか?」 「このLINEによると予約時間は朝の11時かららしいから、それに合わせて移動してもらってもいい?」 「分かりました。後で移動しますね」 「その間はこっちの残りのメンバーで何とか回すから、お願いね」 「はい」 「いつもごめんねー、大変な事ばかり亜咲くんばかりに任せちゃって。…あ、でもせっかく結真くんに会うんなら、彼にちょっと聞いてもらいたい事があるのよ」 「…何です?…ってか、オーナーまた変なこと考えてません?」 「…あ。ごめん、バレた?…でもやっぱり気になるじゃない?あの二人の進展具合」 「いや、俺もそれは否定しませんけど…。でもあれから3年でしょ?…大体想像つきそうな感じするけどなぁ…」 「……そう?…護くん、変なところで妙にお堅かったりするしねー。そのせいで結真くんが散々な苦労とかしてなきゃいいけど…」 「…てか、あの二人の関係なんてむしろ分かり過ぎるくらいですよ?どっちも相手にデレデレしてるし、こっちが見ててすげー辛い時ありますけど…?それにオーナー、俺と航太の関係も知ってるでしょ?…男同士なんて大体あんな感じですって」 「…あら、そういうもの?」 「…いや、俺の場合はちょっと違うか…。」 「なになに、ちょっと気になる言い方じゃないの~?」 「…まあ、とにかく。聞く事は聞いてみますけど、そんなに変わらないと思いますよ?」 「…それにしてもねぇ…。まさか、自分の身内が二人とも全く同じ道に行くとは思わなかったわー。別れてるとはいえやっぱり親子だし、遺伝かな?」 「…すいません。俺のせいで」 「ああ、そんなのは気にしないでいいのよ。お互いの気持ちがそれぞれ本気なら、それが一番なんだからね?別に亜咲くんが悪いとかそういう訳じゃないんだから、自信持ちなさい」 「…だけど、本当はきちんとした女性と結婚して子供が生まれて…みたいな、無難だけど幸せな道に進んで欲しかったんじゃないですか?母親としては」 「それは確かにそうだけど…航太自身に同性としか恋愛が出来ないんだとはっきり言われてしまったから、こっちからは否定も出来ないしね…。でもその相手が亜咲くんで良かったわ。君になら航太を任せられるから」 「…その信頼は嬉しいですけど…」 「え、他に何かある?…何なら航太に言い聞かせてもいいのよ、あまり亜咲くんを困らせるんじゃないって」 「…いえ、それは大丈夫だと思います。あいつなりに割り切ってるみたいなんで」 「…あら、そうなの?なんだ、面白そうだったのに」 「何がですか」 「あの子の困った顔を見るのが」 「オーナー…」  社長と言いこのオーナーと言い、どうしてこうも心の広い人たちなんだろう。 普通なら同性が恋愛対象だと聞くだけでその考え方はおかしいと言われてしまいそうなのに、この二人はそんな事などお構いなしと何も変わらずに接してくる。  だがそれでも、俺の中には拭えない不安が残る。航太の事は確かに俺も好きだ。その気持ちは航太も同じだろう。  俺の中に、いつかは戻らなくちゃいけないという呪縛のようなものがある限り、航太との別れの時は必ず来る。その反面で、ここまで心が通じ合ってしまった相手の手を離す事など今更出来る訳がない。  それはまるで…相反する自分の感情を捉えきれずにいる俺の未熟さを改めて思い知らされるようだった。

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