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scene.9 恋人たちの熱帯夜―phaze. asaki―
「…亜咲。…許可、下りた。…今日は亜咲んちに泊まってもいいって」
「…そうなのか。…心配かけてゴメンな、航太…」
俺と航太は、1号店での仕事が終わった後にそのまま二人で直帰することになった。
その際、社長から2号店のみわ子さんの方に連絡がいって、その時に航太の外泊許可も取り付けたらしい。みわ子さんも俺がこうなる事を想定していたのか、いつもならすぐ帰れという航太への命令はせず、俺のそばに居てやれみたいな事も言っていたという。
「へえ…あのオーナーでもそんな事言うんだ…。いつもならすぐ帰れって言ってくるのにね」
「今回の亜咲の一件は流石のお袋もかなり驚いてたらしいよ。…親父が言うには、電話先でも珍しく焦ってたって」
「…あー、確かにそうかも…。2号店でもこういう事が無いって訳じゃないけど、あそこまで症状が酷かったのは俺も初めてだったしな…。多分、利苑さんの影響も少なからずあったのかも知れないけど…」
「利苑…?ああ、亜咲が初めて相手をしたって奴の事か」
「うん…あんな人、実際に居るんだ…って、俺もびっくりした。…航太も、あの人みたいになりたいって思ってるの?」
「…え?オレには無理だよ。…なれるワケないじゃん、オレ男だし」
「でも…利苑さんも男性なんだよ?」
「…確かにな。けど、オレとあいつは違う。確かにオレは、お前の言う『女装』っぽい事もしたりするし、恋愛対象も同性しか愛せない真性のゲイだけど…オレがどんなに頑張っても、やっぱりその心までは女にはなれないんだよ。…オレには女性の気持ちは分からない。けど、そうなりたいって思う自分も居ない訳じゃない。…だから、背格好とか洋服とかだけでもって誤魔化して、女性みたいな真似事をしてるだけ…なんだけどな」
「…そういう航太、俺は嫌いじゃないよ。誰だって異性に憧れる気持ちが無い訳じゃないからね。…時々思うよ。俺も女性みたいな感覚を味わってみたいってさ。…こういう仕事してると、そういうのは特に強く感じるよね」
「…じゃあ、味わってみる?」
「…え?」
「…お前の言う『女性みたいな感覚』ってやつをさ。…亜咲の家で」
「…航太…お前…。」
しまった…と思った時にはすでに遅し。完全に航太の策略に嵌まってしまった。
ああ、俺の馬鹿。無意識な会話で不覚にも航太に餌を与える形になってしまった俺は、この後航太に散々な仕打ちを受ける事になったのだった。
◇ ◆ ◇
「…亜咲…。亜咲…!」
「…っうう…っ…航太…航太ぁ…っ…!…」
「亜咲…。どうだ…気持ちいいか…?」
「……っ…あ、いい…っ」
「…亜咲…お前はこの後どうしたい?…言ってみろ」
「…っ…航太の……を……俺に……」
「…俺に?……聞こえないぞ」
「……航太の……それ、を……俺の中に……入、れて……!」
「…よく言った…。…亜咲は素直だな。……けど、その前に…。」
ぐい、と俺の中に航太の指が入り込んでくるのが分かる。
幾度となく繰り返された航太の指に慣らされた俺の後ろは、入り込む瞬間の違和感だけを残しても、後は何の引っかかりも無くするりと飲み込んで、すぐに一番弱い所を攻められる。
「……あ、ふぁあっ…!……そこ…すごく、いい……っ」
「…良い声だな。…ほら、もっと出せよ…」
「…っあ…あ、あぁっ…」
「…指だけでこんなに感じるとはな……オレの指を美味しそうに飲みこんで、もっと欲しいって言いながら、こんなにヒクヒクさせて……亜咲の此処は本当に名器だな」
「……っ…そんな言い方するな…っ…!」
「……だってそうだろ?…今だってこんなに……」
「…ひ…っ…!……や、やめ……そんなに俺の中を…掻き回すな…っ!……ダメ、だ…も……イ……航太…航太…っ……!」
「……ダメだ。まだ達かせてやらない」
「……っ!…そんな……!!」
あともう少しで爆発しそうになった俺を、航太の握りしめた手がその動きを止めてしまう。
その瞬間に沸騰しかかっていた俺の身体は、なかなか先に進めないもどかしさで頭の中をぐちゃぐちゃにされそうなくらいに追い詰められていく。
その身体と精神状態はもう既に限界を超えていて、拘束された航太の手から少しでも解放されたらすぐにでも放出してしまいそうなくらいにおかしくなってきていた。
だがそれでも、航太の手は俺から離される事は無く、その感情を抑え込まれたままキスや愛撫をされることで、俺は快感とも苦痛とも分からなくなるほどの感覚に支配され、その意識も朦朧として、自分が今何をどうされているのかという理性すらも分からなくなった。
「…亜咲…。…亜咲……オレの……!」
「……航太……も、許して……。…苦、し……!」
「……もう少し…。…オレを楽しませろ……」
そんな言葉を並べ立てながら、航太は俺を更に深い快楽の海へと落とし込んでいく。
対する俺はじわりじわりと押し寄せてくる快感に追い詰められて、理性の飛びかけた頭も真っ白で今にも壊れそうなのに、それでもなかなか行きつく所へ導いてくれない航太の指の意地の悪さに、精神的な苦痛と身体的な快楽の感情の狭間で動けない俺は、情けなくも涙が零れそうだった。
「……うぅ……っく……ぁあ……許して……も、許して……。……航太……」
「…オレが欲しいか、亜咲」
「…欲しい……。…航太が欲しい……俺の中で……俺を……航太の……」
朦朧とする意識の中で俺は航太の問いかけに答えたつもりだったけれど、与えられた快楽があまりにも強すぎて、最後の方はほとんど言葉になっていなかったし、もう自分でも何を言っているのか全く分からなかった。
だけど、俺の言葉のその後に、航太自身が俺の中に入ってきたのは何となく分かった。
そしてそこから先の俺の記憶も、ぷつりと途絶えていた。
――恐らく、航太に抱かれてさんざん啼かされた挙句にそのまま快楽に負けてしまって、しばらく気を失っていたのだろう。
俺が再び意識を取り戻した時には、窓の明かりが青白く部屋を照らしていて、その光が時間の経過を教えている。そしてその横には、静かな寝息を立てる航太の姿があった。
「…航太…。」
「…ん…」
ひと通り俺を抱き続けた航太も、きっと疲れていたのだろうと思う。
俺が軽くその髪に触れて、そのままゆっくりと顔を撫でてみても、起きる気配は全く感じられなかった。
なので、隣で眠っている航太をなるべく起こさないよう、ゆっくりとベッドから抜け出して何か飲み物でも取りに行こうかと立ち上がろうとした時、俺は瞬間的な足の違和感を覚えてそのまま床の上へと崩れ落ちた。
「……っ!!」
この時初めて、俺は自分が航太にどれほどの行為をされたのかという事を理解した。
再びゆっくり立ち上がろうとしてはみるものの、その足はガクガクと震えてしまっていて、なかなか次の行動に踏み出せない。しかも悪い事に、重く残る腰の鈍痛が俺の行動に対して更に追い打ちをかけてくる。…航太とは今まで何度も身体を重ねてきたけれど、これほどの後遺症が俺の身体を襲うのは珍しい。
「……嘘、だろ……。」
その言葉は自然とこぼれた。
足の震えと腰の痛みに耐えながら、俺は何とか冷蔵庫の前まで移動して飲み物を取り出し、そして再びベッドへと戻ってきた。
「…亜咲…。」
「……航太。…起きてたのか」
「目が覚めたら亜咲が居なかったから、どうしたのかと思った…」
「…ああ、ごめん。飲み物を取りに行ってただけだよ」
「…亜咲…なんか辛そう。…どうかした?」
「…いや、ちょっとな…」
航太と思いきり抱き合ったせいだとは流石に言えなくて、俺は少しだけ言葉を濁してみる。だがそんな俺の思惑などとっくに見破ってしまっている航太は、いつもより心配そうな顔で俺を見つめながら言った。
「…亜咲、ごめん……。…オレ、亜咲に少し意地悪し過ぎたかも……。」
「…少しばかりじゃなかったけどな。…でも、嬉しかった。…航太が俺を好きな気持ちは、ちゃんと伝わってきたからな」
「…でも…。」
「…馬鹿、そんな顔すんな。…大丈夫だよ、俺はこれくらいの事でお前を嫌いになったりなんかしないから。…ただし、今後はもう少し手加減してくれると嬉しい…かな?」
「…えー!?オレ、そんなにひどい事したつもりないぞ??…だいだい、亜咲がすげー気持ち良さそうな顔するから、オレも止められなくなったんだからな!?」
「…ばっ…!?」
「それにお前は顔も声もエロ過ぎるんだ!…あんな顔と声出されたら、オレじゃなくても我慢できなくなるぞ」
「……はあ!?俺そんなつもりない……っ!!??」
と、俺は航太に言い返そうとしたのだが、後に続く言葉を飲み込まれてしまって、そのまま唇を塞がれたのだった。
「……亜咲はオレだけの恋人なんだ。他の奴らになんか絶対に渡さない」
――そう言った航太の瞳には、俺に対する強い思いが輝いていた。
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