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scene.10 恋人たちの熱帯夜―phaze. yuzuru―【親世代CP】

 【同じ時間軸の親世代視点】 「…さてと。そろそろみわ子さんに連絡を入れておきましょうかね」 「そうっすね…。あれじゃ、亜咲の状態も心配ですからね…」  そう言った結真君の言葉と、彼よりも付き合いの長い自分ですらほとんど見た事が無いほどのトランス状態に陥った亜咲君の姿に、私は心底驚いていた。  これまでも何度かあったと本人も言ってはいたけれど、かつて彼が私の元で就労していた頃にはあまり見る機会もなくて、いつからそういった発作のような症状が現れるようになったのか、実際の所は亜咲君自身でも分からないという事だった。  同じような事はみわ子さんの元で就労するようになってからも起きているようで、その際は万が一の事態を彼女なりに考慮して、彼を早退させるようにしているという。  その為、いつもなら携帯電話のSNS機能を使用してお互いにやり取りする所を、今回は状況が状況なので直接電話を繋いで、みわ子さんへ連絡する事にした。 『…はい、乾です』 「みわ子さんですか。私です」 『護くんが私に直接電話してくるのって珍しいわね。何かあった?』 「ええ。…実は亜咲君の事なんですが…」 『…うん、何?』 「今日はこのまま家に帰してあげた方がいいんじゃないかと思いまして」 『…どういうこと?』 「それが……。」    亜咲君の身に起きた先の出来事を如何にして説明しようかと、それに相応しい言葉を探しながら会話を繋いでいこうとしていた私に、みわ子さんはどうやら思い当たるものがあったようで、すぐに言葉を返してきた。 『……何か歯切れ悪いなー。…あ、もしかして例の発作が起きたとか…?』 「…ええ、そのようです。…なので今は結真君が気を利かせて、亜咲君をバックヤードで休ませてくれているんですが…」 『そういう事なら別に構わないわよ。こっちももう客足はだいぶ落ち着いてるし。…それにどうせ、航太にも知らせてあるんでしょ?』 「…流石です。良く分かっていらっしゃる…。」 『当然でしょ?何年一緒に仕事してると思ってるのよ。…護くんの行動パターンなんて、とっくにお見通しよ。…じゃあ今は航太もそっちに居るのね?』 「はい。それで相談なんですが……どうも今回は亜咲君のダメージがかなり大きいみたいなので…今日一日だけでも、航太に様子を見てもらおうかと」 『…え?』 「僕は外出していたのでその時の詳しい話は分からないんですが…結真君が言うには、どうも意識が飛んでいたんじゃないかって…作業が終わる頃にはほぼ倒れる寸前だったと」 『…え、嘘でしょ!?今までそんな事なかったのに…。』 「…そうなんですか?」 『無いわよ。…と言うか…今までも無かった訳じゃないけど、結真くんが言うような倒れる寸前までの状況になった事がないって言う方が正しいかしら?』 「…なるほど。…それでさっきの話なんですけど…もちろん、無理にとは言いませんが…どうしましょうか?」 『……分かったわ。でも航太にはよく言っておいて頂戴。…泊まってもいいけど、亜咲くんに無理をさせるような事は絶対にするなって』 「…もちろんです。それは僕からちゃんと言っておきますから。…それじゃ、切りますね」  私は電話を切って、そのままバックヤードに居る航太に声を掛けた。 「航太。…どうですか、亜咲君の様子は?」 「…うん、何とか大丈夫そうだよ。お袋、何だって?」 「別に泊まってもいいけど、亜咲君に無理はさせるなって言ってましたよ」 「……へえ、珍しい」 「そういう事だから、今日はこのまま2号店には寄らずに直帰していいですよ、亜咲君。航太も一緒に帰らせますから、ゆっくり休んでくださいね?」 「…はい。ありがとうございます」 「航太もね。…分かってると思うけど、亜咲君にはくれぐれも無理はさせないようにね?」 「…オレ、そんなに信用ないか…?」 「君はまだ若いからね?…もしも亜咲君に何かあったら、みわ子さんにこっぴどく怒られるかも知れないねぇ…」 「…うわやめろ。…オレはまだ死にたくない…」 「そう思うなら、素直に従うしかないだろうね」 「…ああ、分かってるよ。…ほら、亜咲。…行くぞ」  そう言った航太は亜咲君の手を引いて、彼の身体を支えるようにその手を優しく添える。 そうして歩き出した二人の後ろ姿は、誰もが認める恋人同士のそれだった。  歳を経て、心も身体もすっかり成長した二人を見送る私の表情は、まるで子供を嫁に送り出す瞬間の父親のようだったと、後から結真君に突っ込まれてしまったけれど…。    子供の成長と言うのはあっという間で、ついこの前まではまだ私自身に対してもあまり良い印象を持っておらず、また航太自身が年齢的に反抗期真っ盛りだった事もあって、私と顔を合わせてもなかなか心を開いてくれない時期があった。  自分の息子とは言え、やはり幼い頃に離婚して彼の元から去ってしまったせいで、父親という存在がどういうものなのか分からぬままに成長していってしまったから、ここへ来て改めて私が父親らしい事をしようとしても、彼自身が認めてくれないという日々も度々あった。  そんな私達のねじれた親子関係がゆっくりと修復し始めたのは、このサロンで結真君が働くようになった3年ほど前の事だった。  結真君に出会うまでは、実は同性愛者だという航太の事もあまり理解できていなかったし、何よりもそんな自分自身が己の過去に囚われたまま全く先へと進めていなかったので、航太の心の中にある私に対するわだかまりに気付く事すら出来なかったのだ。    そして、そんな私達親子の確執に気付き、お互いに凝り固まってしまっていた心のわだかまりを解いてくれたのもまた、結真君だった。 「…何と言うか…。…結真君には本当に敵いませんね…。」 「…芝崎さん?…何ですか、いきなり?」 「…あれ、何か言いましたっけ?」 「…おい。ボケるにはまだ早いぞ、オッサン」 「君だってそんなに変わらないでしょう。…お互い、歳は取りたくないですよね?」 「…あのな。…ったく、本気なのかただのボケなのか…どっちですか」 「さあね?…でも、羨ましいですよね。彼らを見てると」 「…よく言うぜ。自分だって大して変わらないくせに」 「…そうですか?」 「そうだよ。俺の事散々好きだなんだと言い散らかしといて。大体、あんたが俺に対してやってる事も、あいつら二人のバカップルぶりも俺に言わせりゃ親子さながら、航太もあんたもレベルはほとんど変わらないぞ?」 「おや、それはひどい…」 「…けど、そんな俺自身があんたの事をどうしようもないくらい好きで仕方ないんだから…喧嘩両成敗ってやつだ」 「…結真君……。」 「……そういう事だから……俺の事も愛してくれよ、護。」  そう言って優しく微笑んだ結真君の顔は、この世のものとは思えないほど美しく…そして妖艶だった。 「…また君はそうやって……。僕をそんなに狂わせたいんですか?」 「…いいよ、狂っても。…俺はこれからもずっと護だけの恋人、だからな」 「…結真君。これ以上、僕を煽らないでもらえませんか…?このままだと、僕は理性を保っていられなくなりそうなんですが…。」 「……そんなもん、俺はとっくに無くなってるよ。……あんたに初めて抱かれたあの日から」 「…結真君。……もうどうなっても知りませんよ?」 「……上等だ。受けて立ってやる」  そんな宣戦布告とも言える結真君とのやり取りは、私の中に眠る雄としての本能を目覚めさせるには十分過ぎるものだった。 ◇ ◆ ◇  しばらくして、一日の仕事を終えてサロンから自宅へと戻ってきた私達二人は、玄関から部屋の中に戻る時間すらも惜しくて、ドアを閉めた後にそのまま結真君の身体を引き寄せ、強引とも取れるキスを奪った。その時に一瞬だけ、結真君が戸惑ったような表情を見せてきたけれど、先ほどのサロンでの彼との言葉の応酬合戦の後で、私の中には既に彼を求める欲望が湧き上がっていて、今すぐにでも彼を抱きたくてどうしようもない衝動があった。   「……っ!……なんだよ、護……今日はやけに急いてるじゃないか……。」 「その原因を作ったのは君自身ですよ、結真君。…君が僕に情熱的な事を言うから、僕も我慢しきれなくなっているんです。…出来る事なら、今すぐにでも君を抱きたい」 「……そんな…!」 「だったら、何故あんな事を言ったんですか。…僕の心の琴線に、水を差すような事を」 「……!…それは……。…羨ましい、なんて言うから……。」 「…どうしてそう思ったんです?」 「…そんなの分からない。俺はただ、本当にそう思っただけで…」 「君は、僕に愛されているとは思ってくれていなかったんですか?」 「…いや、それは無い。絶対にない!」 「……仕方ありませんね。…そういう事なら、今後も君が僕との関係に対して一切の不安も感じられなくなるように…最大限に愛してあげますよ」  少しだけ意地の悪さを含めた言葉で結真君にそう言ってから、私は彼の身体を抱き上げたまま寝室へと移動してベッドの上に寝かせ、その勢いさながらに彼を抱いたのだった。      

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