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第10話 山本先輩1

(葵語り) その日の帰りは、先生が家の近くまで珍しく送ってくれた。いつもは別々なので単純に嬉しかった。痛い身体も、このためなら我慢ができる。先生と少しでも時間を共にしたい。 家に帰ると、姉ちゃんが首筋のキスマークを見てギョッとしていた。余計なこと妄想しないといいけど、驚き過ぎだ。 体中が痛くて微熱もあり、歩くのがやっとだったので、次の日は学校を休んだ。 回復のためにひたすら惰眠を貪った。 寝起きでぼんやりしていると、熊谷先生から心配のメールが着た。こうなったそもそもの発端は熊谷先生の電話だけど、心は複雑だった。 あの時、熊谷先生から電話を貰って素直に嬉しかった自分と、先生にバレたらどう言い訳しようという気持ちが俺の中で確かに混在していた。 熊谷先生が俺を気にかけてくれることは、嫌な気分ではない。秘密の共有は、こんなにも救われるのだと、今では小さな感謝すらしている。 先生からは、あれから何も連絡はない。 心配するメールも電話もない。 いつものことだから気にしないけど、流石に堪える自分がいた。先生からの連絡を待つだけだと決めたからには不満は口にしてはならない。 今度会うときは優しくして欲しいなと思った。 「伊藤君、俺が出張中に儚さが増してない?何かあった?」 翌日の昼休み、例のお土産を食べていると熊谷先生が俺を見て呟いた。このバームクーヘンはめちゃくちゃ美味しい。 「儚さって何ですか、意味がわかりません。」 「儚さとは、消えてなくなりやすいとか、不確かであてにならないという意味で……だいたい君は意味がわからない事が多すぎる……国語弱いよね。」 何か余計な一言が聞こえてきたけど、気にせず話を続ける。国語が弱いのは本当だから、あまり突っ込まれたくない。 「俺は消えたりしません。今にも死にそうみたいな言い方しないでください。」 「本当に……消えてなくならないでね。」 熊谷先生が、頬杖をついてじっと見つめてきた。 ふわりと前髪を撫でられる。 こんなに落ち着いているのは大人だからかな。 熊谷先生みたいに余裕があったら、先生のことで一喜一憂することもないんだろうに。 「ねぇ。伊藤君……」 熊谷先生が何か言いかけた時、ガラッと扉が開いた。

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