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第14話 涙のキッス3

(葵語り) 夢中でキスをした。 俺が立っていられなくなり座り込んでしまっても、それはずっと続いた。 チュッチュッとリップ音が聞こえる度、熊谷先生が愛しく思える。いよいよ息苦しくなって口を離すと再び抱きしめてくれた。 熊谷先生はいい匂いがする。 それは煙草の匂いとも違う、嗅いだことのない甘い香りだった。充電するように一通りの抱擁が終わると、隣同士で床へ座った。 「伊藤君、あのさ。」 「あおい、でいいです。」 静かな部屋に熊谷先生の低めの声が響く。辺りはとても静かだ。何のためにこの人とキスしたいと思ったのか、理由を探しても分からなかった。 「……葵、なんか恥ずかしいな。さっきまで赤点で怒ってたのに。」 「ふふふふ、そうですね。」 そうだった。怒られてた。 熊谷先生が自然に絡ませてきた大きな手は指が細くて形がいい。 「今から独り言を言うけど、流して聞いてほしい。単なる俺の自己満だから。」 「………はい?」 握っている手に力が入った。 「俺は少し前から君が気になっていた。生徒だからとか考える前に、君に魅入られていたんだと思う。キスしたのも、こうやって手を握るのも、好きだから、だからやった。俺は葵が好きだ。(よこしま)な考えでいっぱいのただの野郎なんだ。」 突然の告白に言葉が出ず、胸がきゅんとなる。 誰かに面と向かってストレートに告白されるのは初めてだった。 「俺が言うのもなんですけど、男だし、一応生徒ですよ。」 「あ、うん。そうなんだよな。不思議とそれは気にならなくて、素直に葵が好きなんだよ。 猪俣を好きなのも、離れられないのも分かっている。葵が一番居たい人の所に行けばいいから、君に笑っていてほしいんだ。お昼ご飯も好きに食べていいよ。 もうここに来なくていい。 ごめんな。俺は君に下心があるから、普通に優しい先生でいられなくなると思う。」 来なくていいと、突き放すように言われて悲しくなった。それにまだ教えてもらいたいことがある。 「俺、自分を大切にする言葉の意味がまだよく分かってないんですけど。」 「そうなの?現代文赤点だったしな。しょうがないか。君はもっと活字に触れ合った方がいい。」 人を馬鹿にしている…… 「だから、しばらくここでお昼ご飯食べてもいいですか?」 「えっ........もちろん、いいけど、セクハラされても文句言うなよ。」 「極力やらないように努力してください。」 「そう来たか……参ったな。別に俺は構わないが……お前は変わってるよ。」 そう言って熊谷先生は笑った。 どっちを選ぶなんて俺には分からない。 選ぶ立場にあるとも思わない。 熊谷先生の笑顔を見て、この笑顔に包まれたら幸せなんだろうな、と思った。 熊谷先生と一緒に居れたら。 そんなこと、今の俺には許されない。

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