19 / 124

第19話 夏休みと小旅行3

(葵語り) 補講、追試ともにクリアし、晴れて自由の身になった。 そして、俺は熊谷先生の車に乗っている。 後ろには何故か山本先輩もいて、二人っきりじゃなかったことに良かったような悪かったような複雑な気持ちになる。俺が熊谷先生を意識しているみたいで嫌なんだけども、確かにペースを乱されていた。あの人が俺を好きだとか言うから、色んな意味で気になっている。 平常心、平常心。 俺は猪俣先生が好きだからと自分に言い聞かせるが、いまいち心には響かなかった。 山本先輩は熊谷先生にどっか連れてけと自らお願いしたらしい。この人は受験生じゃないのか?と思っていると、俺の心を読んだかのように『俺だって息抜きをしないとやっていけないんだよ』と山本先輩は言った。 「色々考えたんだけど俺の友達がバーベキューやるらしいんで、そこに行こうかと。魚がつかみ取りできたり、川でも遊べるから1日遊べるぞ。」 小学生の遠足みたいに、熊谷先生が得意気に発表した。 「遠足みたいだな。」 山本先輩の呟きに俺も頷いて賛同する。 「お前ら楽しみだろ?だけど、俺しか運転できる人がいないから、酒が飲めないんだよね。それが辛い。葵は後で俺を慰める役な。」 「それは遠慮しときます。セクハラされそうだし。」 「うわ、即答かよ。山本には飲めない辛さが分かるか? おこちゃまには分かるまいな……」 「分かってもねえ。未成年に飲ませたことで熊谷先生がクビになりますよ。しかも伊藤に手を出すなんて見境ないオッサンだな。」 「お前ら言いたい放題だぞ……」 車内が笑いに包まれて、腹の底からわくわくするような楽しさに浸る。こういう解放される感覚は久しぶりだ。 バーベキュー場には所要2時間で着いた。 会場へは熊谷先生の友達が先着していて、準備をしてくれている。俺達は挨拶をしてから、お手伝いに入った。熊谷先生の大学時代の友達の集まりには小さな赤ちゃんを連れた人もいた。 「祐樹ってどんな先生なの?」 火起こしを手伝っていると、気さくなお兄さんが話しかけてきた。彼は野田さんと言って、大学時代は悪友だったそうだ。何をやっていたかはだいたい想像がつく。 「あー、生徒指導の先生で…、それと……ええと……」 どんな先生かなんて、よく分からない。 思い出そうとすると、あの日のキスが頭に浮かんで言葉に詰まった。 「生徒指導なんてやってんの?祐樹が?ありえねー。祐樹こそ指導されるべきだろ。」 「あり得なくないって。俺はしっかりやってるよ。ねえ、伊藤君。」 「ええ……まあ。たぶん。」 なんか、俺……今日は変だ。 「祐樹は結婚しないの?」 野田さんの後ろにいた……たしか田山さんって言ってた人が、ひょっこり顔を出した。 「相手がいないもん。できないだろう。」 「彼女は?いなかったっけ?結構長かったよな。ええと、友里ちゃん、そう友里ちゃん。」 「いつの話だよ。随分前に別れた。」 熊谷先生の彼女の話が出ると、さらに俺の心臓が跳ねる。やっぱりおかしい。 「じゃあさ、生徒とかどう?女子高生、可愛いよなー。より取り見取りじゃん。」 野田さんが羨ましそうにうっとりした。 「生徒に手を出すなんて、犯罪だから。絶対やんねーよ。」 偉そうに語ってるけど、あなたこそ犯罪まがいのことを俺にしてますから。 ちらっと熊谷先生に視線を送ると、にたーっと笑ってきた。この人は全然悪びれてない。 少し落ち着こうと思い、俺はその場を離れた。

ともだちにシェアしよう!