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第20話 夏休みと小旅行4
(葵語り)
バーベキュー場から少し外れた緑の木陰は気温がぐっと下がる。
涼しい木立を抜けたら川がある。俺はそこを目指して歩き始めた。
山本先輩の笑い声がここまで聞こえてくる。
あの人はめちゃくちゃ楽しそうで良かったな。さぞ受験の息抜きになっただろう。
湿った土の香りがする澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸をした。
連れてきてもらってよかったと素直に思える。日々の喧騒を忘れて自然に浸るのも悪くないもんだ。
緑を抜けると目的の川が見えた。
子供がお父さんと遊んでいる光景が目に入る。俺は川に足をつけて座り、ぼんやりとそれを眺めていた。遠くの方で、ひぐらしの鳴く声が耳に入り、太陽が傾き始めたことに気付く。
やっと一息ついて、夏の日差しを仰いだ。
爽やかな風で不快な汗が乾いていく。
「あーおーい、何してんの」
熊谷先生がいきなり滑り込むように隣へ座ったので、俺は驚いて飛び跳ねてしまった。
「ひゃぁっ…………つ、つけてきたんですか。趣味が悪いですね」
「うん。フラってどっか行っちゃいそうで、心配だったから追いかけたんだよ」
「居なくなったりしませんよ。子供じゃあるまいし。ちょっと休憩したかっただけです」
この人はいつも俺を子供扱いする。
そして、自然の流れのように、するりと手を繋がれた。指と指を交差してぎゅっと握る。
前もこんな感じに繋がれたっけ。
「これは、何もしないに含まれるから」
「……………」
手を握られただけで顔が熱くなった。そんな俺の変化を悟られたくなくて、顔を伏せる。
やっぱりどこかがおかしい。
「手は友達でも繋ぐよね。あれ、どうした?どっか具合悪い?」
「何でもないです。ほっといてくださいっ」
覗き込まれると、さらに顔が下へ下へと向いていく。
「冷たいな。俺が葵のことを放っておくことができないって知っているくせに……」
「……………」
気を逸らすかのように足をばしゃばしゃ動かして、水を蹴った。手を繋いだまま、沈黙が続く。
「猪俣とはまだ会ってるんでしょ?」
「……………あの……と…」
顔を上げて答えようとしたら、手を口の前に出されて、言おうとしてたことを制された。
「ストップ、やっぱ言わなくていい。聞いたら嫉妬しちゃうから、いいや」
子供たちのはしゃぐ声が響く。
この人は、なんてストレートに、まっすぐに気持ちを伝えるのだろう。切なくなって、熊谷先生の肩に額を乗せた。
「お、おい……葵、これ以上近づいてくると、襲いたくなるからやめてくれ。セクハラ教師になるじゃないか」
「…………わかってます」
襲ってもいいよ。
俺……熊谷先生が気になってる。
隣に座っているだけで、嬉しくて、ドキドキして、胸がいっぱいになる。
もっと俺に構ってほしい、触れてほしい。
たぶん、この感情は恋と呼ぶのだろう。
好き、好き、俺は熊谷先生が好き。
帰りは山本先輩がお決まりのように爆睡して、いびきをBGMに俺と熊谷先生は他愛のないことを話した。
また、何もしないに入るからと手を繋ぐ。
理由をつけて俺に触れてくる熊谷先生が嬉しかった。自分の気持ちを自覚したからか、すべてのことに照れくさい。
だけど、この想いは告げられない。
俺の中で猪俣先生の存在がまだ大きいからだ。
実を言うと、夏休み前から会うのを断っていた。熊谷先生のことがあるから、猪俣先生と会うのを無意識に避けていたのだろう。
弱い自分と、愛されたい自分と、黒い自分と、汚い自分、沢山の自分を区切りをつけて、前に進みたいと思った。
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