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第29話 さようならこんにちは1

(熊谷先生語り) 新学期が始まっても、変わらず葵と生徒指導室で昼休みを過ごしている。告白したはずなのに、拍子抜けするくらい以前と変わらぬ空気が流れていた。 そして、正面に座っている当の本人が、俺に対してかなり怒っているらしい。怒り顔が可愛いので俺にとっては目の癒しでしかないが、彼は本気のようだった。 「熊谷先生が島田に話かけてみたらって言うから、警戒心なくしゃべりかけたんだ。ブツブツ……」 葵の横にはぴったりとくっつく島田真理がいた。島田には何度か指導をしたことがある。金魚のフンみたいに葵の尻を追いかけているようだ。見る限り、仲が良いとは言えないかもしれない。 「そうか……で、島田は何でここにいるんだ?」 「葵君と一緒にお昼ご飯を食べたくて付いてきちゃいました。生徒指導室で逢引きしてるとは、熊谷先生もやりますね。葵君は僕も狙ってますから、ライバルですよ。気安く手を出さないでください」 「ははは、ライバルか。島田は俺に勝てるのかな……」 どうやら2人に何があったかは、葵と島田の様子を見れば察しがつく。 こいつは癖ありだけど、友達が増えるのはいいことだ。葵に懐いているようだから、危害は加えないだろう。以前指導した時、行動は破天荒だが礼儀は正しく、妙に感心したのを覚えている。 「勝てますよ。だって、昨日、葵君と一緒に抜きあっ、ゴファっっ」 「よ、余計なことを言わないで。島田は黙ってろ」 葵が島田の腹にパンチを食らわした。華奢な腕とはいえ、男の全力は痛そうに見える。 「いったぁーい、熊谷先生、葵君と僕って美少年カップルみたいで萌えません?」 確かに、外見が綺麗だから見えなくもない。 だが、妬けるから認めるのも癪だった。正直、高校生同士は同性であっても、しっくりくるものはある。大人びた雰囲気の葵でも、同世代の島田とは違和感がなかった。 「全く萌えない」 「とにかく、僕も色々人気者の身なんで周りに牽制です」 こいつの発想がよくわからん。 ホモカップルを公言するとリスクも多いのではないかと思うのだが。 そして島田は嫌がる葵の腕にしがみつき、すりすりと頬を寄せた。 「葵君……好き」 「触んなっ、島田」 終いには何かにつけて触ってくる島田に葵がキレていた。 はいはい、仲良くね。 嫌がられても葵に触れる島田が羨ましくもある。そんな俺の心の内に気付いているのか、島田がちらりと俺に視線を送り、意地悪そうに口角を上げた。 最近葵からは猪俣の気配が感じられない。 どういう関係を続けているのか、聞きたいけれども確認する勇気がなかった。 生徒に『好き』と告白しておいて、返事を待つのも気が引けていた。一方通行でいいからと気持ちを伝えたのだ。かといって葵に対する気持ちが大きすぎて、無いことにするのは無理だった。相変わらず臆病な大人なのである。

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