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第31話 さようならこんにちは3

(葵語り) 相変わらず猪俣先生からメールの返事がないまま文化祭当日になった。今日は絶対に捕まえてやると、硬い決意をする。 俺のクラスは何の模擬店だったか……確かシアターやるって言ってたかな。サッカー部で飲み物を売るので、俺はそれにかかりっきりになる。 文化祭の雰囲気は好きだ。 美味しいものの匂い、笑い声、すべての色が混ざりあって優しい空気を作っている。 猪俣先生を探すことに囚われなければ俺も楽しめるのに、なんだか損した気分だ。 「こんにちは。ジュースくださいな~」 サッカー部の模擬店に熊谷先生が来た。 白いシャツに薄手のカーディガンを羽織っている。10月も半ばを過ぎて涼しくなり。長袖を着る機会が増えてきた。 「葵のジャージ姿もなかなかいいね」 「それほどでも。はい。ジュース、どうぞ」 『ありがと』と言って、ポンポンと俺の頭を撫でながら先生は去っていった。 あの手にもっと触れられたいな。 一瞬そんな考えが頭をよぎったが、今は猪俣先生を探すことに専念しよう。熊谷先生のことを考えるのは、その後でも遅くない。 そうこうしてるうちに、見慣れた姿を見つけた。高い背に、きちんとスーツを着ている。俺が間違えるはずはない。 俺はハルトに断りを入れて、少し前まで愛しくてたまらなかった後ろ姿を追った。 「先生っ、先生っ、猪俣先生」 周囲の騒めきに声が掻き消されて、何度呼んでも振り返ってくれない。このままだと、有耶無耶で終わってしまう。そんなのは嫌だ。 俺は走りながら1歩踏み出して、ぐいっと猪俣先生の手を引っ張った。 懐かしい手の感触が蘇る。 「葵………」 驚いた顔で、猪俣先生が立ち止まった。 やっとつかまえた。面倒くさい手のかかる大人で、ずるくて、だけど俺の愛しい人。 「メール、送った、の、に、返事が、なくて」 息切れと緊張でうまくしゃべれない。 落ちついて、落ちついてと深呼吸をする。 「…………どこかで話できませんか?」 返事を待つ時間が永遠に感じられるくらい長い。 「…………わかった。じゃあ、旧校舎へ行こうか。あそこならゆっくり話ができる」 俺は先生に連れられて使っていない旧校舎の教室へ入った。

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