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第33話 さようならこんにちは5

(葵語り) 猪俣先生は、悲しそうに笑った。 「葵が選んだことなら分かったよ。俺との関係を終わりにしよう」 柔らかなオレンジ色の日差しが窓辺に立つ俺達2人を照らした。文化祭の騒がしさから離れて、この世界には俺達だけしかいないような錯覚を覚える。 「えっ……いいの?」 すんなり了承されたことに驚き、思わず聞き返してしまった。 「いいか悪いかを決める権利は俺にはない。この関係は、葵が終わりにしたいと言ったら止めよう思っていたんだ」 優しく諭す猪俣先生に泣きそうになったけど、我慢する。ここで泣いたら自分の決意に負けてしまう。 猪俣先生とまだ居たいと思ってる自分がいる。だけど、願っても戻れないところまで来てしまってるんだ。流されてはいけない。 悪い人だと熊谷先生は言うけれども、本当は優しい人だってこと俺は知っている。 「1つだけ教えてくれ。熊谷が原因なのか」 「………たぶん……原因の1つにはなると思います」 「そうか………熊谷か……」 「あ、でも、そんな、付き合うとか無いですから、誤解しないでください」 「いいよ別に。幸せになれよ、葵。恋人らしいことをしてあげられなかったな」 「いいんです。俺がよくてやっていたことだから……」 最後に、俺は深呼吸をして猪俣先生を真っ直ぐ見据えた。 「先生、今までありがとう」 俺を好きでいてくれてありがとう。 俺に愛しさを教えてくれてありがとう。 俺に愛をくれてありがとう。 大好きだったよ。 あなたを知らなかったら、今の自分は居ないかった。先生を好きだった自分を誇りに思っている。 「ああ、ありがとう」 「先生、元気でね。ってもまた会えるか」 「………そうだな……また授業で」 「うん…………」 最後に握手をして別れた。 あんなに好きだったのに別れる時はあっけない。形の無いものこそ崩れにくいのかと思い込んでいたが、恋は儚くて脆い。 猪俣先生と別れてから、旧校舎の階段でぼんやり座っていた。 終わっちゃった。 心にぽっかり穴が空いた感じだ。 今まで俺の心の中を占領していたものが、ごっそり無くなった。 穴はいつか埋まる時がくるのだろうか。 本当に大好きだったな。 そう思ったら涙が出てきた。 「ううぅ……ぐすん……うわーん。」 タガが外れたように、涙が溢れて止まらなくなった。最初から子供になれれば楽だったのかもしれない。聞き分けのいいフリを演じてきたので、一切甘えることのできない関係だった。

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