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第34話 さようならこんにちは6

(葵語り) 「うわーん、ぐずっ……ずびずび。」 長い間、1人で泣いていた。 人間は泣くことでストレスを解消できると聞いたことがある。確かに気持ちは少し晴れたけど、心身共に疲れていた。 この数日間は考えすぎて精神が限界だった。 傷つくことを想定して何回もシュミレーションをしたけれども、あっけなく終わってしまい拍子抜けする。自分から終わらせたくせに変な感覚だ。猪俣先生がこんなにさっぱりしている人だとは思わなかった。 階段下で膝を抱えてうずくまり、固くひんやりした廊下に辛うじて支えられている状態だった。やっぱりここはすごく静かだ。 そして恋の終わりもひっそりしていた。 「おーい、葵……?何してる」 えっ? 階段に聞き慣れた声が響く。 振り返ると熊谷先生が階段の踊り場に立っていた。下にいる俺からは逆光で眩しくてよく見えない。 「聞いたことのある泣き声はやっぱりお前だった」 熊谷先生はすたすたと階段を降りてきて、俺の隣に座った。こんな時に優しくされると涙腺が緩くなってしまうのは人間の性だ。 「……な…にも…うぅ……ひっく」 再び涙が溢れ、嗚咽が止まらなくなる。 また熊谷先生に泣いてる姿を見られた。 しかも号泣バージョンばっかりで恥ずかしい。それでも止まらない。 「何もなくないよね?充分泣いているでしょ」 何かあったのは一目瞭然だった。無いと言うのは無理があるだろう。対応に困っているのだろうか、熊谷先生は落ち着くまで俺の隣に座っていた。まるで隣に柔らかな春の日差しが降り注いだような安心感に包まれて、俺は徐々に落ち着きを取り戻していく。 無言で説明を促され、重い口を開いた。こうなったのも熊谷先生が一因だから、聞いてもらおうかな。 「……いの、また……先生と……」 「うん」 「……おわ、かれ……して…」 「うん」 「……あり……がとう、って……」 「うん」 俺が少しづつ言葉を紡ぐと、熊谷先生は、ゆっくりと相槌を打ってくれた。そして、ジャージの裾を固く握っていた俺の手を優しく包み、頭を撫でてくれた。涙でぐっしょりと濡れた袖は濃い青色に変色していた。 「頑張ったな。偉いよ。葵は偉かった」 うん。頑張ったよ。 肩を引き寄せられて、遠慮なく熊谷先生の胸に体重をかける。 先生はあったかいな。

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