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第43話 君を愛したい2
(葵語り)
次の約束をすると、この関係が少なくとも会うまで続く訳で、相手の都合を待つだけに慣れていた俺は待ち合わせ場所を決めるやりとりですら新鮮だった。
熊谷先生が、俺と出かけたいと言ってくれた。急がずに、焦らずに、じっくり向かい合いたい。遠出をして熊谷先生の新たな一面を知って、もっと仲良くなれればいいな。俺はじんわり浸る喜びを噛み締めて、静かな恋の始まりを楽しんでいた。
人を好きになるってこんなにも安心を与えてくれるものなんだ。
約束の日曜日は、雲一つない快晴だった。俺は電車に乗って待ち合わせ場所へ向かう。
指定された駅には、熊谷先生の車が既に停まっていた。会いたい人が自分を待っていてくれることは幸せだなと思いながら、俺が窓をコンコンと叩くと熊谷先生が窓を開けてくれた。
「おはよ。乗って」
「おはようございます。おじゃまします」
めちゃくちゃ緊張する。
夏休みの時は山本先輩がいたので、気が楽だったけど、今日はずっと二人っきりだ。手に汗が浮かび、何を話そうかと用意してきた文言が一気に頭の中から飛んだ。
「今日はね、色々考えたんだけど、海か紅葉はどう?葵はどっちがいい?」
「…………うみっ、海がいいですっ」
俺が即答すると、熊谷先生の目尻が更に下がり、くしゃっとした笑顔になった。俺の大好きな笑顔に見惚れてしまう。どうしよう。どんどん好きになっていく気がする。
「そうか。葵は海が好きか。じゃあ海にしよう。ここから少し遠いけど、いいところがあるんだ」
先生は隣の県にある地名を告げた。地元では有名なところで、勿論俺でも知っている。
自分の名前の響きが色に似てるからではないけれど、海が好きだった。山より海が断然好きだ。吸い込まれるような青色に目を奪われてしまう。
「知ってます。行ったことないけど」
「すごくいい所だから、葵には気に入って欲しいんだ。なんせ俺の地元だから」
「地元って……生徒連れてっても大丈夫なんですか?」
「誰にも見つからないから気にしなくても大丈夫だよ。そういうのを君が心配する必要はないの。俺が葵に見せたいんだから、な?」
そう言いながら、車はゆっくりと走り出した。
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