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第46話 君を愛したい5
(葵語り)
「お、俺は…………」
言葉に詰まって会話が次に繋げない。こういう時はなんと言ったらいいのか分からない。大人なら気の利いた言葉が出てくるだろうに、俺の拙い辞書には存在しなかった。
戸惑っている俺に熊谷先生が肩を引き寄せて頭を撫でてくれた。こんな小さな行為ですら嬉しいと思うことが、全てを物語っている。
「葵の正直な気持ちを聞かせて欲しい」
「あの…………」
「うん?」
熊谷先生が覗き込んで俺を見てくる。
「恥ずかしいので、あんまり見ないでくれますか」
「大事なことは、目を見てはなさないとダメだろう」
絶対分かってやっているところが意地悪だ。
海の冷ややかな空気が火照る顔を冷やしてくれるが間に合わず、すぐ熱くなってしまう。
「葵、まだかなー」
心の準備が追い付かない。深呼吸をして、気持ちを整える。催促されたので、意を決して口を開いた。
「…………あの…………僕も熊谷先生が好きで…………」
引き寄せられていた肩を更に引張られて、熊谷先生の腕の中にふんわりと包まれる。隣同士で横を向いて座っていた筈なのに、俺の方へ体の向きを変えた先生の腕の中にすっぽりと入ってしまった。
「それで………?」
「それで、あの……俺をせ、先生の恋人にしてください。こんな俺でよければ……ごめんなさい、上手く言えないです……すき、です……」
きっと今日は記念すべき日なのに、何を言いたいのか分からない告白になってしまった。
俺の言葉を聞いた先生は耳元でくすりと失笑する。
「……そだな。60点てとこだけど、葵の気持ちは素直に嬉しい。誠心誠意、葵を大切にするよ。何があっても守ってやるから、もう泣くなよ。お前は笑顔が似合う」
「…………はい」
だめだ、また泣きそう。
そんな俺を察したのか、下を向いていた顔を無理やり両手で頬を挟まれた。
「泣かないの。可愛い顔が台無し。俺は葵の笑顔に惚れたんだ」
「ふぁい……」
2人の視線が絡み、無言の時が続く。
ここぞとばかりに、初めての恋人を目で堪能した。タレ目でくせっ毛の、大人で格好良い熊谷先生が近距離にいる。
そして、どちらからともなく唇を重ねた。恋人としての初めてのキスは、ほろ苦くて、甘くて、先生の味がする。海でのキスは一生忘れないと思った。
こうして俺と熊谷先生のお付き合いが始まる。俺の性格は素直に切り替えれるような器用なものではないらしく、一重にも二重にも迷惑を掛けてしまうのだった。
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