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第50話 熊谷先生の憂鬱4
(熊谷先生語り)
心地よく吹く風に当たっていると、学校という社会から切り離された別世界のように感じる。気持ちが良くて、うとうとしていたら頭上から声がした。
「あれ、熊谷先生も休憩ですか?」
目を開けると、青空を背に風にはためく白衣と眼鏡が目に入った。生徒ではなく同業者のようだ。
「あっ、青木先生…………」
俺が慌てて起き上がろうとすると
「いいですよ、寝てて下さい。僕もサボりなんで」
軽く手で制し、青木先生は笑った。
青木先生は化学を担当していて、俺より2歳年上だ。年の割には童顔で、性格も優しく、生徒の人気が高い。いい加減な俺とは違って真面目な性格のだろう、キチンとした身なりには清潔感があった。
「サボってるの、バレちゃいましたね」
「それはお互い様ですよ」
向かい合って乾いた声で笑う。
「たまにはこんな時間もないと、やってられません」
青木先生は隣に座って本を開いて読み始めたので、俺は起き上がって煙草に火を点ける。
「熊谷先生、僕も一本貰えますか?」
「ええ。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
煙草を咥えた青木先生が、俺の手元のライターへ顔を寄せた。距離が近いため、掌に眼鏡と彼の柔らかな前髪が触れる。ふわっと香水のような人工的な匂いがした。
「熊谷先生は、今朝の木村先生の件どう思います?」
青木先生がふぅーっと煙を吐く。やけに色っぽく見えたその仕草に少しドキリしながら、俺は思ったことをままに答えることにした。
「運が悪いというか、お気の毒としか言い様がないです。やり方もあったのかなと。真面目に言うと生徒に手を出すなんて言語道断でしょうが、彼も真剣であったと思います……」
「僕もそう思います。まだ若いのに、互いの未来が歪んでしまいましたね」
「青木先生は生徒にもてそうですから、特に注意しないといけないですよ」
冗談のつもりで言ったことを青木先生は流さずに真面目な表情で返してきた。
「そんなことは一切ありません。生徒は生徒ですから、僕は全く興味がない。未成年に何の魅力も感じません」
返す言葉が無く、とりあえず頷いておいた。
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