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第53話 熊谷先生の憂鬱7
(熊谷先生語り)
やり場の無い思いに帰宅する気も起こらず、大学時代の同級生である野田と飲みに行くことにした。誘いのメッセージには即快諾の返事が来た。周りはちらほら結婚し始めてるから野田みたいな友人は貴重で、今も昔も気の合う仲間だ。ちなみにお互い独身である。
「どうした?何か落ち込んでるのか?祐樹らしくもない。お前が生徒に虐められる訳ないし」
「あぁ……まぁな……色々あってちょっと凹んでる」
生ビールを待ちながら、おしぼりで手を拭いて野田は言った。すべてを包み隠さず告白できたら楽なんだろうが、俺にも話しにくいことはある。生徒の素っ気ない態度で落ち込んでいたら教師は務まらないだろう。
「色々ってなんだよ。別に全部言わなくてもいいからサラッと教えろ」
ああ。野田の言ってごらん的な性格に救われる。長年の友達は居心地がいい。
生ビールが来たので、乾杯をして一気に喉に流し込んだ。
「付き合ってる子がさ、付き合ったばかりなのにそっけない。会ってもくれないんだけど、それってどうなんだろうか。独りよがりだったのかと、自らを省みている」
一瞬キョトンとした野田は間を置いて笑い出した。それは小さい笑いから、次第に大爆笑へと変わる。
「ははは、腹いてぇ。お前が恋愛の悩みを相談するなんて、明日槍が降るんじゃねーの。槍とか鎌とか。会ってくれないって、なんだよそれ。高校生かよ」
「真剣に悩んでるんだ。笑うな」
「だって、恋愛なんて面倒くさいって言ってたお前がさ、付き合ってるのに会ってくれないって悩んでるんだぜ。来るもの拒まず去る者追わずだったお前がだよ?
この驚くべき事実を大学時代の友達全員に知らせたい。この為だけに、メッセージでグループ作ろうかな」
野田は携帯を触りながらヒーヒー笑っている。
腹を抱える野田を、暫く冷たい目で眺めていた。
「相手って何歳?年……下だよな」
「ああ」
「まさかとは思うけど……」
「それを聞くな。俺だって初めてだから戸惑ってる」
俺の表情を読み取って察したらしく、野田は
「まじかーーーなかなかやるなぁ、すげえ……」
店中に響くような大声を出した。
野田はうるせえんだよ、馬鹿野郎。
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