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第58話 熊谷先生の憂鬱12

(熊谷先生語り) 「メールも電話も遠慮しないで好きな時にしていいよ」 「えっ、迷惑じゃないの?」 「全く。俺は葵がしてくれるものはいつだって嬉しいよ。電話も出られなかったら後で掛け直す。迷惑になるからいつ掛けていいか分からなかったんだろ?」 葵が控えめに頷いた。 「うん。メールも誰かに見られたら先生が困るかなって。やっぱりよくない関係でしょ」 「困らないって。俺は葵のものだよ。いっぱい送って逆に俺を困らせてほしいくらい」 分かったと呟いた葵は恥ずかしそうに『先生は、俺の……もの?』と恐る恐る俺を見上げた。 「そうだよ。心も身体も葵のもの……だけど……何?」 葵は俺の手を握り、頬を寄せてスリスリし始めた。こういう少しガキっぽいところが、たまらなく可愛く思える。普段は仏頂面で何を考えているのか分からないくらい表情が冷たいのに、時々垣間見る子供の顔に、くらくらと目眩を起こしそうだった。 「ここも?」 「うん」 心臓の所に手を添えた。 「ここも?」 「うん。葵のもの」 次は、耳に触れた。 「ここも?」 「うん」 髪に両手を入れられる動作がくすぐったくて笑みが溢れた。好奇心旺盛で小さい子供が確かめているような錯覚に近い。 「髪の毛も?」 「うん」 唇を指でなぞられる。 形のいい指の感触が唇に伝わってきた。 そして、丸いくりっとした目が俺を見る。幼いような、かと言って大人でもない色を含んでいる不思議な眼差しだ。 「全部、俺のものなんだ……嬉しいな」 そうだよ、と言う前に葵が唇を合わせてきた。間を置いてゆっくり舌を入れてくる。 俺は、葵の温かい舌を甘噛みして、掻き混ぜるように絡ませた。まるで身体中の感覚がそこに集中したみたいに夢中で貪る。 溶けてしまいそうだ。 俺の可愛い恋人。 全部あげても足りないくらい大切な存在だよ。

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