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第65話 兄弟というもの5

(葵語り) 「………もしかして、熊谷先生……?」 思わず名前を口にしていた。歳は若い気もするが、熊谷先生にどことなく似ていたのだ。 俺の呟きを耳にした途端、スタッフさんは笑顔になる。 「あぁ……君は東高校か。熊谷先生は俺の兄貴だよ。昔から似てるってよく言われる。よく見たら違うんだけどね。『熊谷先生』は元気?」 「げ、元気です。おとうと……さんですか」 こんな所で先生の弟さんに会うとは世間は狭い。客観的に見てみれば全くの別人だが、雰囲気はよく似ていた。内緒だけど、先生の方がかっこよかったりする。 「俺は大学生だから、ここでバイトしてるんだ。夜のカフェバーが主で、時々昼間にも入ってる。東高校の子はよく来るけど、気付かれたのは初めてかな。ちなみに、あそこで言い争いをしてる真理(まさみち)君は、ああやって問題ばっか起こしてる。あの子は嫌でも目立つから」 「目立ちますよね……分かります」 「オーナーの弟さんだし、良くも悪くもこの店とは切り離せない存在なんだ」 しばらく遠巻きから見ていたかったのでこっそり柱の陰から島田達を覗くことにした。 すると、二人が摑みかかって取っ組み合いを始めたのだ。飲み物が倒れて床に溢れ、同時にタンブラーが転がって割れた。 たちまちその場が騒然となる。 他のお客さんにも迷惑が及んでいた。 「ちょっと、島田っ。待てって」 俺は急いで駆け寄って島田を後ろから羽交い締めにした。島田くらいなら俺の力でもなんとかなる。 「うるさいっ。あっちからやってきたんだっ。しつこいし、ウザイ」 「島田、聞けよ。女の子相手にムキになんな」 先生の弟さんは、弥生さんを宥めていた。 弥生さんの目から大粒の、まるで宝石のようの涙が流れている。 綺麗な女の子は泣いても絵になる。 「最低じゃないか。謝れよ」 「嫌だ。僕は悪くない」 いや、充分悪いだろう。 嘘をつくために、俺を連れてここへ来た時点でアウトだ。 「いいや、真理(まさみち)お前が悪い。謝りなさい」 店の奥から、たぶん……店長らしき人が出てきて島田に言った。 その声は低く、確かに怒りを含んでいた。

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